概要
レーダ断面積(Radar Cross-Section: RCS)は,レーダシステムの設計や目標の散乱特性の把握に用いられる重要な指標です.しかしRCSは目標の遠方界において定義される量であるため,電気長の大きな物体のRCSを電波暗室で計測する場合には,近傍界での測定を余儀なくされます.このため,近傍界の測定値を信号処理によって遠方界のRCSへ変換する近傍界遠方界変換(Near-Field-to-Far-Field Transformation: NFFFT)が有効な手法となります.
さらに,車両や航空機,船舶のように電波暗室へ収容すること自体が困難な目標も存在し,このような目標のRCS測定は屋外で行わざるを得ません.屋外測定では地面や周辺構造物からの不要反射が加わることに加え,アンテナを車両や航空機に搭載して目標の周囲を周回する方式では,プラットフォームの不規則な軌道をどう取り扱うかという問題も生じます.
本稿では,様々な目標の大きさやアンテナ軌道に対応可能なRCS計測をマルチスケールRCS計測と呼び,その実現を目指した検討を行います.具体的には,合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar: SAR)画像に基づくNFFFT法を,任意の曲線軌道へ一般化して定式化し,電波暗室内実験と航空機SARデータの解析という2つのスケールの実験によってその有効性を検証します.
マルチスケールRCS計測の考え方
図1にマルチスケールRCS計測の概念を示します.図1(a)は電波暗室内で小型目標をターンテーブル上に設置して測定する小規模測定,図1(b)は車載レーダで目標の周囲を周回しながら測定する中規模測定,図1(c)は艦艇のように屋内測定が非現実的な大型目標を航空機搭載レーダで測定する大規模測定に対応します.

図1(b)と図1(c)のように,レーダ搭載プラットフォームの軌道は一般に不規則なものとなります.そこで本稿では,このような一般の曲線軌道を用いたNFFFT理論の定式化を行い,図1(a)の小規模測定と図1(c)の大規模測定について,実際の測定データを用いて提案手法の有効性を示します.
問題の定式化
システムモデルと信号モデル
図2に本稿で考えるシステムモデルを示します.三次元空間内での測定を考え,測定物を取り囲む任意の曲線上を送受信アンテナが移動するものとします.この曲線をパラメータ \(u\) を用いて \(\boldsymbol{r}_0(u)\) で,また空間内の任意の位置を \(\boldsymbol{r}\) で表し,これらを次式で定義します.

\[ \boldsymbol{r}_0(u) = x_0(u)\hat{\boldsymbol{x}} + y_0(u)\hat{\boldsymbol{y}} + z_0(u)\hat{\boldsymbol{z}} \tag{1a} \]
\[ \boldsymbol{r} = x\hat{\boldsymbol{x}} + y\hat{\boldsymbol{y}} + z\hat{\boldsymbol{z}} \tag{1b} \]
ここで \(\hat{\boldsymbol{x}}\),\(\hat{\boldsymbol{y}}\),\(\hat{\boldsymbol{z}}\) はそれぞれ \(x\) 軸方向,\(y\) 軸方向,\(z\) 軸方向の単位ベクトルです.
次に,受信信号モデルについて考えます.送信周波数に対応する角周波数を \(\omega\) で表し,波動の伝搬速度を \(c\) として波数を \(k = \omega/c\) で表します.位置 \(\boldsymbol{r}\) にある点散乱体の反射係数を \(C\) とすれば,アンテナ位置 \(\boldsymbol{r}_0(u)\) で受信される受信信号 \(E^{s}(k,\boldsymbol{r}_0)\) は以下のようにモデル化されます.
\[ E^{s}(k,\boldsymbol{r}_0) = P^{2}(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r}) \frac{k^{2}C}{\sqrt{4\pi}} \frac{e^{-2jk|\boldsymbol{r}_0-\boldsymbol{r}|}}{|\boldsymbol{r}_0-\boldsymbol{r}|^{2}} \tag{2} \]
ここで \(P(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r})\) はアンテナ位置 \(\boldsymbol{r}_0\) から位置 \(\boldsymbol{r}\) へ向かう方向のアンテナパターンを表し,送受信アンテナパターンは同一と仮定しています.散乱体が複数存在する場合は式(2)を各散乱体の位置について考え,それらの信号の総和を計算すればよく,また反射係数が連続的に分布している場合は式(2)の積分として受信信号を表現できます.
画像再構成
画像方式RCS計測の最初の手順は,収集した受信信号 \(E^{s}(k,\boldsymbol{r}_0)\) からレーダ画像を再構成することです.ここでは固定した高さ \(z_c\) における \((x,y)\) 平面内で二次元画像を生成することを考えます.点 \(\boldsymbol{r}_1 = (x_1,y_1,z_1)\) にある反射係数 \(C_1\) の点散乱体に対する理想的な画像再構成を次式により定義します.
\[ \psi(\boldsymbol{r}) = C_1 \delta(x-x_1)\delta(y-y_1) \tag{3} \]
ここで \(\delta(\cdot)\) はデルタ関数です.一般的に,画像再構成は受信信号 \(E^{s}(k,\boldsymbol{r}_0)\) の重み関数 \(F(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r})\) による積分変換として次式のように表現できます.
\[ \psi(\boldsymbol{r}) = \int_{0}^{\infty}\!\!\int_{D_u} E^{s}(k,\boldsymbol{r}_0) F(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r})\, du\, dk \tag{4} \]
ここで \(D_u\) は \(u\) に関する積分範囲を表します.重み関数 \(F(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r})\) は焦点化関数と呼ばれ,次式により与えられます.
\[ F(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r}) = g(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r}) \frac{|\boldsymbol{r}_0-\boldsymbol{r}|^{2}}{P^{2}(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r})} e^{2jk|\boldsymbol{r}_0-\boldsymbol{r}|} \tag{5} \]
式(5)において \(g(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r})\) は補正関数であり,式(4)が式(3)となるように決定する必要があります.文献[2], [3]の手順に従えば,補正関数は次式で与えられます.
\[ g(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r}) = \frac{2}{\pi^{3/2}k} \left| \frac{d\alpha}{du} \right| \sin^{2}\beta \tag{6} \]
ここで \(\alpha\),\(\beta\) は位置 \(\boldsymbol{r}_1\) を中心とした局所座標系におけるアンテナの方位角と天頂角をそれぞれ表し,次式で計算できます.
\[ \begin{align} \alpha(u) &= \tan^{-1}\left[ R_y(u)/R_x(u) \right] \tag{7a} \\ \beta(u) &= \tan^{-1}\left[ \rho(u)/R_z(u) \right] \tag{7b} \\ \rho(u) &= \sqrt{R_x^{2}(u)+R_y^{2}(u)} \tag{7c} \end{align} \]
式(7)において \(R_x(u)\),\(R_y(u)\),\(R_z(u)\) は,散乱体の位置 \(\boldsymbol{r}_1\) から曲線上のアンテナ位置 \(\boldsymbol{r}_0\) へ向かうベクトル
\[ \boldsymbol{R}(u) = \boldsymbol{r}_0 – \boldsymbol{r}_1 = R_x\hat{\boldsymbol{x}} + R_y\hat{\boldsymbol{y}} + R_z\hat{\boldsymbol{z}} \tag{8} \]
の成分です.また,\(\alpha\) の \(u\) に関する微分は次式で与えられます.
\[ \frac{d\alpha}{du} = \alpha_u = \left( R_x y_{0u} – R_y x_{0u} \right) \big/ \rho^{2} \tag{9} \]
この \(\alpha_u\) の項が,任意曲線軌道への一般化の要点です.点散乱体が高さ \(z_c\) の画像平面内に存在する場合,式(6)の補正関数を用いれば,式(4)による画像再構成が式(3)となることが保証されます.走査軌道が簡単な方程式で与えられている場合は微分係数 \(\alpha_u\) を直接計算できますが,そうでない場合には文献[3]に基づき数値微分で \(\alpha_u\) を求めればよく,これにより航空機やドローンのような不規則な軌道にも対応できます.
RCSの算出
文献[2], [3]で議論されているように,波数 \(k\),方位角 \(\phi_0\),天頂角 \(\theta_0\) のRCSは,再構成したレーダ画像 \(\psi(\boldsymbol{r})\) の空間逆Fourier変換として次式のように表せます.
\[ \sigma\left[ \boldsymbol{k}_r(k,\phi_0,\theta_0) \right] = k^{4} \left| \mathcal{F}^{-1}_{(\boldsymbol{r})}\left[ \psi(\boldsymbol{r}) \right] \right|^{2} \tag{10} \]
ここで \(\mathcal{F}^{-1}_{(\boldsymbol{r})}[\cdot]\) は空間変数 \(\boldsymbol{r}\) に関する逆Fourier変換であり,\(\boldsymbol{k}_r(k,\phi_0,\theta_0)\) は次式で定義される波数ベクトルです.
\[ \boldsymbol{k}_r(k,\phi_0,\theta_0) = 2k\,\hat{\boldsymbol{r}}_0(\phi_0,\theta_0) \tag{11a} \]
\[ \hat{\boldsymbol{r}}_0(\phi_0,\theta_0) = \boldsymbol{r}_0/|\boldsymbol{r}_0| = \sin\theta_0\cos\phi_0\,\hat{\boldsymbol{x}} + \sin\theta_0\sin\phi_0\,\hat{\boldsymbol{y}} + \cos\theta_0\,\hat{\boldsymbol{z}} \tag{11b} \]
すなわち,再構成した近傍界のレーダ画像を空間周波数領域へ変換することで,遠方界のRCSの角度特性が得られることになります.
電波暗室内実験(小規模測定)
図1(a)の小規模測定に対応する実験検証として,電波暗室内におけるRCSの測定結果を示します.
実験の概要
図3に測定配置を,図4に測定時の写真を示します.測定対象はアルミニウム製の航空機モデルであり,ターンテーブル上に設置した発泡スチロール台の上に配置し,送受信アンテナを固定してターンテーブルを回転させることで円形軌道を形成しました.なお,補正係数の有無による差異が明確になるよう,モデルは回転中心から意図的にずらして配置しています.送受信アンテナは標準ゲインホーンであり,回転中心から1 mの位置に固定しました.アンテナは同軸ケーブルでベクトル・ネットワーク・アナライザ(Vector Network Analyzer: VNA)に接続し,受信経路にはアンプを挿入しています.


その他の実験諸元は表1に示すとおりです.
| 項目 | 諸元 |
|---|---|
| 偏波 | HH,VV |
| 中心周波数 | 10.2 GHz |
| 帯域幅 | 4 GHz |
| 周波数間隔 | 10 MHz |
| アンテナ走査曲線 | 円形 |
| 角度範囲 | [−180°, 180°] |
| 角度間隔 | 0.8° |
| アンテナ高さ | 0 m |
| アンテナ走査円の半径 | 1.0 m |
実験結果
図5に,HH偏波とVV偏波に対する画像再構成結果を示します.いずれの画像も航空機モデルの位置に明確な応答が確認できます.図中の矢印は,航空機モデルの前側にある水平の開口部(図4を参照)の位置を示しています.両者を比較すると,VV偏波のみ開口部の位置に強い応答が確認できます.これは開口の形状が水平方向に長く,この長さ方向と電界ベクトルが直交するVV偏波で強い後方散乱が観測されるためです.後述のように,このような強い応答は画像から推定されるRCSに大きく寄与します.

図6に,HH偏波画像から算出したRCSを示します.図6(a)は焦点化関数の補正係数を \(g(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r}) = 1\) と置いた場合(従来手法),図6(b)は式(6)の補正係数を用いた場合(提案手法)です.RCS算出精度を比較するため,実験結果(図中の “Experiment”)と併せて,MLFMM(Multilevel Fast Multipole Method)に基づく数値電磁界解析による遠方界RCSの計算結果(図中の “MLFMM”)を表示しています.図中の点線で囲まれた部分に着目すると,補正係数の導入による改善効果が確認できます.

同様に,図7はVV偏波画像から算出したRCSです.この場合も点線内において提案する補正係数による改善効果が確認できます.また,図6と図7を比較すると,方位角0°付近のRCSはHH偏波よりもVV偏波のほうが明らかに大きく,これは先述した航空機モデル前側の水平開口部の影響です.

以上の結果より,提案するレーダ画像方式のRCS計測手法を用いて,小規模な測定系で遠方界RCSの測定が実現できることが示されました.
航空機SAR実験(大規模測定)
次に,図1(c)の大規模測定に対応する実験検証として,航空機SAR画像の解析結果を示します.
データの概要
ここで用いるのは,米国空軍研究所(Air Force Research Laboratory: AFRL)により一般公開されている航空機SARデータ(GOTCHA)[4]です.測定パラメータの一覧を表2に示します.
| 項目 | 諸元 |
|---|---|
| 偏波 | HH,HV,VH,VV |
| 中心周波数 | 9.6 GHz |
| 帯域幅 | 622 MHz |
| 周波数間隔 | 1.5 MHz |
| アンテナ走査曲線 | 歪曲した円形 |
| 角度範囲 | [−180°, 180°] |
| 角度間隔(平均) | 8.5 × 10−3 度 |
| アンテナ高さ(平均) | 7266 m |
| アンテナ走査円の半径(平均) | 7265 m |
航空機は撮像対象領域を中心とする円形軌道を飛行しますが,電波暗室内実験のように完全な円形軌道を形成することはできません.図8(a)に航空機の実際の軌道を,図8(b)に円軌道の半径(\((x,y)\) 平面上に軌道を投影したときの,原点から各航空機位置までの距離)を示します.これらの図から,実際には航空機が真円とは異なる軌道を飛行していることがわかります.したがって本データは,提案する任意軌道のSARによるRCS計測の有効性を検証するのに適しています.

図9(a)に撮像対象領域の光学画像を,図9(b)に再構成した空間領域画像を示します.なお,測定に用いたアンテナパターンの情報が未知であるため,式(5)において \(P(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r}) = 1\) と仮定しました(アンテナパターンの補正については後述します).画像の下半分は駐車場であり,測定時には乗用車やフォークリフトが駐車されています.また画像の左上半分には,三面コーナリフレクタや二面コーナリフレクタ等の形状が単純な校正ターゲットが配置されており,これらの応答が図9(b)から確認できます.

解析対象とするターゲット
図10(a)に単純形状ターゲットが配置されている付近の拡大画像を,図10(b)に駐車場の右半分の拡大画像を示します.図10(a)のTR1とTR2は三面コーナリフレクタ,DR1とDR2は45°回転させた二面コーナリフレクタです.これらのうちTR2を主偏波(HH偏波とVV偏波)の校正ターゲットとして,DR2を交差偏波(HV偏波とVH偏波)の校正ターゲットとして用い,TR1,DR1および図10(b)中の乗用車PV1のRCSを算出しました.GS1とGS2はそれぞれ地表面を表し,後述するアンテナパターンの推定に用いています.なお,画像中には多数のターゲットが混在しているため,乗用車PV1に対しては半径4 mの円形領域を,それ以外のターゲットについては半径1.5 mの円形領域を抽出し,これらのFourier変換からそれぞれのRCSを算出しました.

アンテナパターンの補正
式(5)で定義されるように,画像再構成には本来アンテナパターン \(P(k,\boldsymbol{r}_0,\boldsymbol{r})\) の情報が必要です.しかし本検証で用いる公開データではアンテナパターンが不明であるため,再構成した画像からアンテナパターンを推定する必要があります.そこで,地表面GS1とGS2のRCSには方位角依存性が無いものと仮定し,これらから算出したRCSが各地点付近におけるアンテナパターンの変動を表すと考えます.
航空機の軌道は近似的に円形であるため,ある地点におけるアンテナパターンの変動を次式の周期関数でモデル化します.
\[ \bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}(\alpha) = \sigma_A \cos(\alpha + \alpha_\Delta) + \sigma_\Delta \tag{12} \]
ここで \(\bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}(\alpha)\) は,地表面を中心とする局所座標系の方位角 \(\alpha\) における地表面のRCSをdB単位で表します.また \(\sigma_A\),\(\alpha_\Delta\),\(\sigma_\Delta\) は,それぞれ周期関数の振幅,初期位相,定数のバイアス値を表し,これらは地表面のRCS算出結果から推定します.
地表面GS1またはGS2から算出したdB単位のRCSのサンプルが \(L\) 点あると仮定し,\(\ell \in \{1,2,\ldots,L\}\) 番目のRCSサンプルにおける局所座標系の方位角を \(\alpha[\ell]\),RCSの値を \(\bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}[\ell]\) と表記すると,式(12)に基づき \(\ell\) 番目のRCSサンプルは次式のように表せます.
\[ \bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}[\ell] = \sigma_A \cos(\alpha[\ell] + \alpha_\Delta) + \sigma_\Delta = \sigma_C \cos\alpha[\ell] – \sigma_S \sin\alpha[\ell] + \sigma_\Delta \tag{13a} \]
\[ \sigma_C = \sigma_A \cos\alpha_\Delta,\qquad \sigma_S = \sigma_A \sin\alpha_\Delta \tag{13b} \]
式(13)を全てのRCSサンプルについて考えると,以下のような行列とベクトルによる表記が得られます.
\[ \bar{\boldsymbol{\sigma}}_{\mathrm{dB}} = \boldsymbol{M}\boldsymbol{\sigma} \tag{14a} \]
\[ \bar{\boldsymbol{\sigma}}_{\mathrm{dB}} = \left[ \bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}[1], \bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}[2], \ldots, \bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}[L] \right]^{T} \tag{14b} \]
\[ \boldsymbol{M} = \begin{bmatrix} \cos\alpha[1] & -\sin\alpha[1] & 1 \\ \vdots & \vdots & \vdots \\ \cos\alpha[L] & -\sin\alpha[L] & 1 \end{bmatrix},\qquad \boldsymbol{\sigma} = \left[ \sigma_C, \sigma_S, \sigma_\Delta \right]^{T} \tag{14c} \]
ここで,最小二乗法に基づけば,未知係数を含むベクトル \(\boldsymbol{\sigma}\) を次式のように決定できます.
\[ \boldsymbol{\sigma} = \left( \boldsymbol{M}^{T}\boldsymbol{M} \right)^{-1} \boldsymbol{M}^{T} \bar{\boldsymbol{\sigma}}_{\mathrm{dB}} \tag{15} \]
式(15)から未知係数 \(\sigma_C\) と \(\sigma_S\) が決定できれば,これらを次式で元の未知係数 \(\sigma_A\) と \(\alpha_\Delta\) に変換できます.
\[ \sigma_A = \sqrt{\sigma_C^{2} + \sigma_S^{2}},\qquad \alpha_\Delta = \tan^{-1}\left( \sigma_S/\sigma_C \right) \tag{16} \]
アンテナパターンが未補正のRCSをdB単位で表したものを \(\sigma_{\mathrm{dB}}(\alpha)\) と表記します.ここで,RCSについては既知のターゲットを用いて方位角 \(\alpha_c\) で校正済みであると仮定します.したがって,方位角 \(\alpha_c\) のRCSについては値を保持し,それ以外の部分についてアンテナパターン補正を施すとすれば,式(12)のアンテナパターン \(\bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}(\alpha)\) を用いて次式のような補正が行えます.
\[ \hat{\sigma}_{\mathrm{dB}}(\alpha) = \sigma_{\mathrm{dB}}(\alpha) – \bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}(\alpha) + \bar{\sigma}_{\mathrm{dB}}(\alpha_c) \tag{17} \]
図11(a)は,アンテナパターンの補正を行っていない状態の,最大値で正規化したTR1のRCSです.ターゲットの形状より,RCSは本来0°付近の主ピークを中心として対称となることが期待されますが,主ピークの左側にあるピークに比べ,右側のピークは約4 dB低い値を示しています.図11(b)は地表面から算出したRCSと,式(12)に示す周期関数のあてはめを行った結果,すなわちアンテナパターンの推定結果です.

解析結果
図12から図14に,ターゲットの形状と算出したRCSを示します.三面コーナリフレクタTR1(図12)と45°回転させた二面コーナリフレクタDR1(図13)は形状が明らかであるため,NFFFTで算出したRCSに加えてMLFMMによる計算結果も併せて表示しています.乗用車PV1(図14)は詳細な三次元モデルが存在しないため,NFFFTによる算出結果のみを示しています.また,図12と図14はHH偏波のRCSを,図13は交差偏波が主要となるためHV偏波のRCSを示しています.


図12と図13より,RCSがおおよそ0 dBsm以上となる角度範囲において,TR1とDR1のRCSはMLFMMによる電磁界解析の結果とよく一致していることがわかります.それ以外の角度範囲では地表面の散乱が支配的となるため,NFFFTとMLFMMの結果は一致しなくなります.また,図11(a)の未補正のRCSでは0°付近の主ピークの左右にあるピークで強度に差異が生じていましたが,図12では左右のピークの強度がほぼ同一となっており,アンテナパターン補正手法の有効性が確認できます.

図14ではMLFMMによる結果との比較が行えませんが,車両の前後(180°と0°)と左右(±90°)に対応する位置にピークが現れていることが確認できます.なお,このRCSには地面と車両との間で生じる二回散乱成分が含まれていますが,車両は地面上にあるのが通常であるため,地面の反射も含むより現実的なRCSが計測できていると解釈できます.以上の解析結果より,航空機搭載SARを用いた場合においても,本稿で提案するRCS計測手法が有効に機能することが確認できました.
まとめと今後の課題
本稿では,SAR画像に基づくマルチスケールRCS計測手法を提案しました.本手法は任意のアンテナ軌道を用いることが可能であり,電波暗室内における小規模なRCS測定から,航空機SARによる大規模な測定までに対応可能なことを実験データにより検証しました.今後の課題として,今回の検証ではRCSの計算値との比較を行わなかった乗用車(PV1)についても数値電磁界解析を行い,比較的大型なターゲットに対するRCS算出結果の妥当性を検証する必要があります.
参考文献
- T. Vaupel and T. F. Eibert, “Comparison and application of near-field ISAR imaging techniques for far-field radar cross section determination,” IEEE Trans. Antennas Propag., vol. 54, no. 1, pp. 144–151, Jan. 2006.
- A. Osipov et al., “An improved image-based circular near-field-to-far-field transformation,” IEEE Trans. Antennas Propag., vol. 61, no. 2, pp. 989–993, Feb. 2013.
- T. Watanabe and H. Yamada, “Far-field radar cross-section determination from near-field 3-D synthetic aperture imaging with arbitrary antenna scanning surfaces,” 2021. [Online]. Available: 10.36227/techrxiv.16802419
- E. Ertin et al., “GOTCHA experience report: three-dimensional SAR imaging with complete circular apertures,” Orlando, Florida, USA, Apr. 2007, p. 656802.
