レーダ画像に基づく複数目標に対する散乱断面積の合成法

本ページは,2021年12月に開催された電子情報通信学会 宇宙・航行エレクトロニクス研究会(SANE研)で発表した「レーダ画像に基づく複数目標に対する散乱断面積の合成法」(渡邉卓磨,山田寛喜)の内容を,Web向けに再構成して紹介するものです.式番号は原稿のものと対応しています.

目次

概要

レーダ断面積(Radar Cross-Section: RCS)は,レーダによる測定物を特徴づける最も基本的かつ重要な指標です.近年における車載レーダの普及に代表されるように,レーダ技術は防衛分野のみならず我々の生活に身近な分野でその重要性を増しており,RCSの測定・予測に対する需要も今後さらに高まることが見込まれます.

RCSは目標の遠方界で定義される量であるため,電気長の大きな目標のRCSを,空間的な制約のある屋内設備で直接測定することは困難な場合が多くあります.この問題に対しては,近傍界における測定値を遠方界のRCSに変換する,いわゆる近傍界遠方界変換(Near-Field-to-Far-Field Transformation: NFFFT)と呼ばれる手法がいくつか考案されています.

本稿では,合成開口レーダ(Synthetic Aperture Radar: SAR)または逆合成開口レーダ(Inverse SAR: ISAR)画像に基づくNFFFT法 [1]〜[3] を応用し,単一の目標を撮像したレーダ画像を回転移動および平行移動して合成することで,複数目標が存在する状況下のレーダ画像とRCSを模擬する手法を提案します.モーメント法に基づく電磁界シミュレーションにより,提案手法の有効性と制約を明らかにします.

研究の背景

RCSの電磁界解析や測定は,単一の目標に対して行われることが多くあります.しかしながら,例えば車載レーダの運用を考慮すると,複数の車両やその他の構造物を同時に観測する状況が多くあり,さらに目標間の位置関係も時々刻々と変化していくことが想定されます.したがって,単一目標のみならず複数目標のRCSを解析および測定することが求められます.

ところが複数目標を対象とする場合,単一目標と比較して次のような課題が生じます.数値電磁界解析においては解析時間が増大します.実測においては,複数目標を配置できる測定空間の確保が必要となり,測定物を複数製作する場合には製作コストが増大します.さらに,複数対象物の位置関係を種々変化させた測定を行う場合には,その都度測定を繰り返すコストがかかります.

数値電磁界解析における複数目標のRCS解析に対しては,アレーファクタの考え方を応用し,単一目標のRCS解析結果から複数目標のRCSを合成する手法が提案されています [4].本稿ではこれらの背景を踏まえ,単一目標に対する測定結果から再構成したレーダ画像を回転移動および平行移動したうえで合成することで,複数目標に対する遠方界RCSの測定値を模擬する手法を提案します.本手法では近傍界測定によるRCS測定が実現でき,同一形状の目標を配列する場合には単一の測定物のみを用意すればよいことになります.さらに,目標間の位置関係を様々に変化させた検討が容易に行えるようになります.

問題の定式化

システムモデルと信号モデル

レーダ画像に基づくRCS計測のシステムモデル
図1: レーダ画像に基づくRCS計測のシステムモデル((a) 単一目標,(b) 複数目標)

図1に本稿で検討するRCS計測のシステムモデルを示します.議論の簡潔性のため,二次元の空間領域 \((x, y)\) に目標およびアンテナが存在すると仮定します.アンテナは原点を中心とする半径 \(\rho_0\) の円形軌道を移動します.なお,電波暗室での測定においてはアンテナを固定し,ターンテーブル上に設置した目標を回転させることで円形軌道を形成するISAR方式で測定を行います.各方位角においてアンテナから目標に向けて電波を照射し,同一の位置で目標からの反射波を収集するモノスタティック散乱測定を行います.

図1(a)は単一目標が,図1(b)は同一形状の複数目標が配置されている状況をそれぞれ表しています.本提案手法の目的は,図1(a)に示す単一目標の測定結果から図1(b)に示す複数目標の測定結果を模擬することです.

空間領域の任意の位置を \(\mathbf{r}\),アンテナの位置を \(\mathbf{r}_0\) と表記し,アンテナの方位角を \(\phi_0\) とすれば,これらは次式のように定義されます.

$$\mathbf{r} = x\hat{\mathbf{x}} + y\hat{\mathbf{y}} \tag{1a}$$

$$\mathbf{r}_0(\phi_0) = \rho_0\cos\phi_0\,\hat{\mathbf{x}} + \rho_0\sin\phi_0\,\hat{\mathbf{y}} \tag{1b}$$

ここで \(\hat{\mathbf{x}}\) と \(\hat{\mathbf{y}}\) はそれぞれ \(x\) 軸方向と \(y\) 軸方向における単位ベクトルを表します.また,位置 \(\mathbf{r}_1 = (x_1, y_1)\) における点散乱体の反射係数を \(C_1\) とすると,アンテナ位置 \(\mathbf{r}_0(\phi_0)\) における受信信号 \(E^s(k, \mathbf{r}_0)\) は次式のように定式化されます.

$$E^s(k,\mathbf{r}_0) = P^2(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r}_1)\,\frac{k^2 C_1}{\sqrt{4\pi}}\,\frac{e^{-2jk\left|\mathbf{r}_0-\mathbf{r}_1\right|}}{\left|\mathbf{r}_0-\mathbf{r}_1\right|^2} \tag{2}$$

ここで \(P(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r})\) はアンテナパターンを表し,送受信で同一と仮定します.また \(k\) は波数を表し,送信波の角周波数を \(\omega\),波動の伝搬速度を \(c\) とすれば \(k = \omega/c\) で表されます.

画像再構成

画像再構成の目的は,収集した受信信号 \(E^s(k,\mathbf{r}_0)\) から反射係数 \(C_1\) とその位置 \(\mathbf{r}_1\) を求めることです.理想的な画像再構成が達成された場合,空間領域画像 \(\psi(x,y)\) は次式で表されます.

$$\psi(x,y) = C_1\,\delta(x-x_1)\,\delta(y-y_1) \tag{3}$$

ここで \(\delta(\cdot)\) はデルタ関数です.一般的に,画像再構成は受信信号 \(E^s(k,\mathbf{r}_0)\) に対する次式の積分変換により表されます.

$$\psi(x,y) = \int_{0}^{\infty}\!\!\int_{0}^{2\pi} E^s(k,\mathbf{r}_0)\,F(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r})\,d\phi_0\,dk \tag{4}$$

ここで重み関数 \(F(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r})\) は焦点化関数(Focusing Factor)と呼ばれ,次式で定義されます.

$$F(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r}) = g(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r})\,\frac{\left|\mathbf{r}_0-\mathbf{r}\right|^2}{P^2(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r})}\,e^{2jk\left|\mathbf{r}_0-\mathbf{r}\right|} \tag{5}$$

ここで \(g(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r})\) は補正係数と呼ばれ,式(4)の計算結果が式(3)となるように決定されますが,簡易的には \(g(k,\mathbf{r}_0,\mathbf{r}) = 1\) としてもかまいません.この場合は従来のレーダ画像再構成に対応します.本稿で扱う円形軌道のISARに対する補正係数は文献 [2] で導出されており,円筒走査や球面走査を含む任意の曲面走査による三次元画像再構成に対して一般化した補正係数は文献 [3] で与えられています.なお,計算機による式(4)の実装においては,単純な離散和により積分を近似すればよいことになります.

レーダ画像からのRCS算出

補正係数を適切に選択すれば,式(4)は式(3)に示す点散乱体の画像を再構成することが保証されます [2], [3].つまり,再構成された画像は点散乱体の集合とみなせるため,任意の位置 \(\mathbf{r}_0\) における界は式(2)に基づいて次式で計算できます.

$$E^s(k,\mathbf{r}_0) = \frac{k^2}{\sqrt{4\pi}}\int_{-\infty}^{\infty}\!\!\int_{-\infty}^{\infty} \psi(\mathbf{r})\,\frac{e^{-2jk\left|\mathbf{r}_0-\mathbf{r}\right|}}{\left|\mathbf{r}_0-\mathbf{r}\right|^2}\,dx\,dy \tag{6}$$

文献 [2], [3] で議論されているように,観測点の位置 \(\mathbf{r}_0\) を無限遠に仮定すると,そのときの界は空間領域画像 \(\psi(x,y)\) の二次元逆Fourier変換に比例することが示されます.この結果より,RCSの定義式から次式が得られます.

$$\sigma(k_x,k_y) = k^4\left|\,\mathcal{F}^{-1}_{(x,y)}\!\left[\psi(x,y)\right]\right|^2 \tag{7}$$

ここで \(\mathcal{F}^{-1}_{(x,y)}[\cdot]\) は \((x,y)\) に関する二次元逆Fourier変換を表し,角度 \(\phi_0\) に対する空間周波数 \((k_x,k_y)\) は次式で与えられます.

$$k_x(\phi_0) = k\cos\phi_0,\qquad k_y(\phi_0) = k\sin\phi_0 \tag{8}$$

したがって,再構成した画像 \(\psi(x,y)\) から所望の方位 \(\phi_0\) と周波数に対応するRCSを求めるには,まず式(8)から \((k_x,k_y)\) を求め,次に式(7)に示す画像の逆Fourier変換を計算すればよいことになります.計算機による実装では,補間誤差が生じないように離散Fourier変換(DFT)で計算するか,二次元FFTで空間周波数領域の画像を一括で求めた後に,式(8)で決まる \((k_x,k_y)\) の値を補間アルゴリズムで抽出します.

複数目標RCSの合成法

提案手法では,単一目標のレーダ画像 \(\psi(x,y)\) に回転変換と平行移動を施して複数の画像を生成し,これらの画像をコヒーレントに合成することで複数目標のレーダ画像を模擬します.便宜上,以降では元となる単一目標の画像を基本画像,基本画像を回転および平行移動して生成した画像を合成した画像を合成画像と呼びます.

なお,計算量は多いものの単純な方法としては,画像再構成において \(\phi_0 \to \phi_0 + \xi\) とすれば角度 \(\xi\) だけ反時計回りに回転した画像が,また \(x \to x-u\),\(y \to y-v\) とすれば \((u,v)\) だけ平行移動した画像が得られます.

FFTに基づく画像の回転移動

画像の回転はバイリニア補間やバイキュービック補間などの二次元補間に基づくアルゴリズムが一般的ですが,本稿では複数回の一次元Fourier変換に基づく手法を採用しました.空間サンプリングに対するNyquist条件を満たすように画像再構成が行われている場合,レーダ画像はその空間周波数領域において明確に帯域制限された信号です.したがってFFTに基づけば,二次元補間法で生じる恐れのある補間誤差なく画像の回転移動が可能となります.

文献 [5] に示されるように,画像の回転は三回の剪断変換により行うことができ,剪断変換はFourier変換で表現できることから,FFTによる高速な画像の回転が実現できます.この回転移動は次式のように計6回の一次元Fourier変換で表されます.

$$\psi_x(x,y) = \mathcal{F}_{(k_x)}\!\left[e^{-jk_x a y}\,\mathcal{F}^{-1}_{(x)}\!\left[\psi(x,y)\right]\right] \tag{9a}$$

$$\psi_{xy}(x,y) = \mathcal{F}_{(k_y)}\!\left[e^{-jk_y b x}\,\mathcal{F}^{-1}_{(y)}\!\left[\psi_x(x,y)\right]\right] \tag{9b}$$

$$\psi_{\xi}(x,y) = \mathcal{F}_{(k_x)}\!\left[e^{-jk_x a y}\,\mathcal{F}^{-1}_{(x)}\!\left[\psi_{xy}(x,y)\right]\right] \tag{9c}$$

ここで \(\mathcal{F}_{(k_x)}[\cdot]\) は空間周波数 \(k_x\) に関する一次元Fourier変換を,\(\mathcal{F}^{-1}_{(x)}[\cdot]\) は空間変数 \(x\) に関する一次元逆Fourier変換を表し,\(y\) および \(k_y\) に関しても同様に定義されます.また \(a\) および \(b\) は \(x\) 方向と \(y\) 方向の剪断量であり,回転角 \(\xi\) に対して次式で与えられます(パラメータ導出の詳細は文献 [5] を参照してください).

$$a = \tan(\xi/2),\qquad b = -\sin\xi \tag{10}$$

なお,この手法は \(90^\circ\) までの回転に対して有効であるため,\(90^\circ\) 以上の回転については事前に \(90^\circ\) の整数倍の回転を行うか,もしくは前述した \(\phi_0 \to \phi_0 + \xi\) の置き換えで回転角が \(0^\circ\),\(90^\circ\),\(180^\circ\),\(270^\circ\) の画像を再構成し,次に式(9)で残りの回転を行えばよいことになります.

画像の平行移動

二次元画像を \((u,v)\) だけ平行移動する変換は,単純なFourier変換のシフト則から明らかなように次式で表されます.

$$\psi_{\parallel}(x,y) = \mathcal{F}_{(k_x,k_y)}\!\left[e^{-jk_x u-jk_y v}\,\mathcal{F}^{-1}_{(x,y)}\!\left[\psi(x,y)\right]\right] \tag{11}$$

ここで \(\mathcal{F}_{(k_x,k_y)}[\cdot]\) は空間周波数 \((k_x,k_y)\) に関する二次元Fourier変換を表します.

画像の合成

いま,個別の単一目標を撮像した基本画像が複数枚あり,\(m\) 番目(\(m \in \{1,2,\dots\}\))の基本画像を \(\psi_m(x,y)\) で表します.また,式(9)により定義される回転移動を \(\mathcal{R}_{(\xi)}[\cdot]\) で,式(11)により定義される平行移動を \(\mathcal{T}_{(u,v)}[\cdot]\) で表記します.\(m\) 番目の基本画像を元にして,\(\xi_{m,n}\) だけの回転移動と \((u_{m,n}, v_{m,n})\) の平行移動を順に施した画像を複数枚(\(n \in \{1,2,\dots\}\))生成し,また同様の操作をそれぞれの元画像に対して繰り返します.これらの画像を次式のようにコヒーレントに合成することで,複数の目標が存在するレーダ画像 \(\psi_{\Sigma}(x,y)\) を模擬します.

$$\psi_{\Sigma}(x,y) = \sum_{m}\sum_{n} \mathcal{T}_{(u_{m,n},\,v_{m,n})}\!\left[\mathcal{R}_{(\xi_{m,n})}\!\left[\psi_m(x,y)\right]\right] \tag{12}$$

生成した合成画像に基づき,式(7)で \(\psi(x,y) \to \psi_{\Sigma}(x,y)\) とすれば,複数目標に対する遠方界RCSが計算できることになります.

ただし,本手法では複数目標間の電磁的な相互結合が考慮できないため,目標間の距離の設定には注意を要します.すなわち,目標間の距離が波長に比べて十分離れていないと相互結合の影響が顕著となり,本手法で合成したRCSと,実際に複数目標を配置したときのRCSとの差異が大きくなります.この影響については後述のシミュレーションで詳細に検討します.

提案アルゴリズムの手順

  1. 式(4)に基づき,単一目標を観測したときの受信信号 \(E^s(k,\mathbf{r}_0)\) から二次元レーダ画像 \(\psi(x,y)\) を再構成する.これを全ての単一目標(\(m \in \{1,2,\dots\}\))に対して繰り返し,\(m\) 番目の基本画像 \(\psi_m(x,y)\) を得る.
  2. \(m\) 番目の基本画像について,想定する目標配置に基づき回転角 \(\xi_{m,n}\) と平行移動量 \((u_{m,n}, v_{m,n})\) を決定する.
  3. \(m\) 番目の基本画像を式(9)に基づき角度 \(\xi_{m,n}\) だけ回転し,また \((u_{m,n}, v_{m,n})\) だけ平行移動した画像を生成する.これを \(n \in \{1,2,\dots\}\) について繰り返す.
  4. 手順2と3を全ての \(m \in \{1,2,\dots\}\) に対して繰り返し,各基本画像について変換した画像を生成する.
  5. 生成した全ての画像を式(12)に基づいて合成し,合成画像 \(\psi_{\Sigma}(x,y)\) を得る.
  6. 式(8)から,所望の方位 \(\phi_0\) に対応する空間周波数 \((k_x,k_y)\) を求める.
  7. 式(7)に基づき,合成画像 \(\psi_{\Sigma}(x,y)\) の二次元逆Fourier変換から遠方界のRCSを計算する.

電磁界シミュレーションによる検証

シミュレーション諸元

モーメント法に基づく電磁界シミュレーションにより,提案手法の有効性を検証しました.簡易的なモデルとして2本のワイヤを用い,ワイヤ間の距離やワイヤの傾きを変化させた場合においてRCS合成の有効性を確認します.

項目諸元
アンテナ微小ダイポール
偏波HH,VV
中心周波数10 GHz
帯域幅4 GHz
周波数間隔40 MHz
角度サンプル間隔\(0.5^\circ\)
角度範囲 \(\phi_0\)\([0^\circ,\ 360^\circ]\)
軌道半径 \(\rho_0\)10 m
ワイヤ直径1 mm
ワイヤ長さ\(\lambda/2\)
表1: シミュレーション諸元

表1にシミュレーション諸元を示します.波源には微小ダイポールを用い,波源と同一の位置における近傍電磁界をモーメント法により計算しました.波源の中心周波数は10 GHz,帯域幅は4 GHzであり,原点を中心とする半径 \(\rho_0 = 10\ \mathrm{m}\) の円周上を走査させています.なお,ワイヤが \((x,y)\) 面に水平な場合は微小ダイポールを円周に接する方向で配置し(HH偏波),ワイヤが \(z\) 軸に平行な場合は \(z\) 軸方向に配置しました(VV偏波).ワイヤの直径は1 mm,長さは中心周波数10 GHzの波長を \(\lambda\) として半波長に相当する \(\lambda/2\) であり,以降における全てのシミュレーションで共通です.

基本画像の生成に用いたワイヤの配置
図2: 基本画像の生成に用いたワイヤの配置((a) \(y\) 軸方向ワイヤ,(b) \(z\) 軸方向ワイヤ)

まず,RCS合成に用いる単一目標の基本画像を生成します.図2に示すように,原点を中心としてそれぞれ \(y\) 軸方向,\(z\) 軸方向に単一のワイヤを配置しました.それぞれの配置を用いて生成したレーダ画像(基本画像)を図3に示します.いずれの配置についても,原点付近にワイヤの応答が明確に確認できます.

単一ワイヤのレーダ画像(基本画像)
図3: 基本画像(単一ワイヤのレーダ画像.(a) \(y\) 軸方向ワイヤ,(b) \(z\) 軸方向ワイヤ)

以降のシミュレーションでは,前節で述べたアルゴリズムに従い,これらのレーダ画像に回転移動と平行移動を施した画像を組み合わせることで,複数目標のレーダ画像を模擬した合成画像を生成します.提案手法の妥当性を確認するため,実際にワイヤを複数本配置したモーメント法解析から得られるレーダ画像も生成しました.この画像を以降では参照画像と呼びます.

平行移動のみによるRCS合成

まず,回転移動 \(\mathcal{R}_{(\xi_{m,n})}[\cdot]\) は行わず,平行移動 \(\mathcal{T}_{(u_{m,n},v_{m,n})}[\cdot]\) のみで合成画像を生成する場合について検討します.図4に示すように,2本のワイヤを \(x\) 軸上に配置しました.図中の \(d\) はワイヤ間の距離を表し,この距離を変化させることでワイヤ間に生じる相互結合の影響を検討します.

ワイヤ間距離を変化させる場合のワイヤ配置
図4: ワイヤの配置(ワイヤ間距離 \(d\) の変化.(a) \(y\) 軸方向ワイヤ,(b) \(z\) 軸方向ワイヤ)

図5と図6は,それぞれ \(y\) 軸方向ワイヤの配置において \(d = \lambda/2\) および \(d = 5\lambda\) とした場合に対するレーダ画像を示します.ワイヤ間距離が \(\lambda/2\) である図5を見ると,合成画像と参照画像は明らかに異なった画像となっており,参照画像のほうが応答の空間的な広がりが大きいことがわかります.これは,ワイヤ間隔が近接することでワイヤ間で生じる多重散乱の影響が強くなり,この多重散乱を経てアンテナへ戻る散乱波の応答が,直接反射波と比較して時間的に遅延した位置に現れることに起因すると考えられます.

合成画像と参照画像の比較(d=λ/2)
図5: 合成画像と参照画像の比較(\(d = \lambda/2\).(a) 合成画像,(b) 参照画像)

これに対し,ワイヤ間隔を \(d = 5\lambda\) とした図6では画像の見た目にほぼ差異が見られません.この場合は,提案するレーダ画像の合成に基づく複数目標のRCS算出が有効に機能することが期待されます.

合成画像と参照画像の比較(d=5λ)
図6: 合成画像と参照画像の比較(\(d = 5\lambda\).(a) 合成画像,(b) 参照画像)

実際に図5と図6に示すレーダ画像から式(7)に基づいてRCSを算出した結果を図7に示します.図中の「Synthesis」は合成画像から求めたRCS(以降,合成RCS)を,「Reference」は参照画像から求めたRCS(以降,参照RCS)を表します.画像に対する議論から予測できるように,図7(a)では合成RCSと参照RCSとの差異が大きく,明らかに波形が異なっています.これに対し,図7(b)では合成RCSと参照RCSが良好に一致しており,提案するRCS合成法の有効性が確認できます.

レーダ画像から算出したRCS(y軸方向ワイヤ)
図7: レーダ画像から算出したRCS(\(y\) 軸方向ワイヤ.(a) \(d = \lambda/2\),(b) \(d = 5\lambda\))

図8は \(z\) 軸方向ワイヤ(VV偏波)の場合の結果です.\(y\) 軸方向ワイヤの場合と同様の傾向が確認でき,ワイヤ間距離が十分離れていれば合成RCSと参照RCSが良好に一致します.

レーダ画像から算出したRCS(z軸方向ワイヤ)
図8: レーダ画像から算出したRCS(\(z\) 軸方向ワイヤ.(a) \(d = \lambda/2\),(b) \(d = 5\lambda\))

回転移動を伴うRCS合成

次に,平行移動の前に回転移動を伴う場合について,提案するRCS合成法の有効性を検証します.図9に示すように,\((x,y)\) 平面に平行する2本のワイヤを \(d = 5\lambda\) だけ離して \(x\) 軸上に配置しました.これらのワイヤのうち,左側のワイヤの傾き \(\xi\) は可変であり,すなわちこのワイヤを模擬するには図3(a)の基本画像を \(\xi\) だけ回転し,\(x\) 軸の負方向に \(\tfrac{5}{2}\lambda\) だけ平行移動する操作が必要になります.

左側ワイヤを回転させる場合のワイヤ配置
図9: ワイヤの配置(左側ワイヤの回転)

図10に,左側ワイヤの回転角が \(\xi = 30^\circ\) の場合に対する合成画像と参照画像の比較を示します.前節の議論から予測されるように,ワイヤ間距離が十分離れているため,合成画像と参照画像に顕著な差異は確認できません.

合成画像と参照画像の比較(ξ=30°)
図10: 合成画像と参照画像の比較(\(\xi = 30^\circ\).(a) 合成画像,(b) 参照画像)

図11は,左側ワイヤの回転角が \(\xi = 30^\circ\) および \(\xi = 60^\circ\) の場合においてレーダ画像からRCSを算出した結果を示します.いずれの場合においても合成RCSと参照RCSは良好に一致しており,提案するレーダ画像の合成法が基本画像の回転を伴う場合についても有効に機能することが確認できます.

レーダ画像から算出したRCS(左側ワイヤの回転)
図11: レーダ画像から算出したRCS(左側ワイヤの回転.(a) \(\xi = 30^\circ\),(b) \(\xi = 60^\circ\))

RCS合成誤差の評価

最後に,ワイヤの配置に対する提案手法の有効性を検証するため,図4でワイヤ間距離 \(d\) を変化させた場合と,図9で左側ワイヤの傾き \(\xi\) を変化させた場合について,合成RCSと参照RCSとの差異を確認します.ここでは合成RCSと参照RCSの \(i\) 番目のサンプルをdB単位で表したものをそれぞれ \(\sigma^{\Sigma}_{\mathrm{dB}[i]}\) および \(\sigma_{\mathrm{dB}[i]}\) とし,サンプル数の合計を \(N\) とします.このとき,合成RCSと参照RCSとの平均誤差 \(\tilde{\sigma}_{\mathrm{dB}}\) を次式で定義します.

$$\tilde{\sigma}_{\mathrm{dB}} = \sum_{i=1}^{N} \frac{\left|\sigma^{\Sigma}_{\mathrm{dB}[i]}-\sigma_{\mathrm{dB}[i]}\right|}{N} \tag{13}$$

合成RCSと参照RCSとの平均誤差
図12: 合成RCSと参照RCSとの平均誤差((a) ワイヤ間距離に対する誤差,(b) ワイヤ回転角に対する誤差)

図12(a)にワイヤ間距離 \(d\) を変化させた場合の平均誤差 \(\tilde{\sigma}_{\mathrm{dB}}\) を示します.これまでの議論から予測されるように,ワイヤ間距離を長くするほど平均誤差は零に向かって収束していく傾向が確認できます.平均誤差を1 dB以下にする場合,概ね \(5\lambda\) 以上のワイヤ間距離が必要であることがわかります.

図12(b)は,図9の配置において左側ワイヤの傾き \(\xi\) を変化させた場合の平均誤差を表示しています.前述のようにワイヤ間距離が十分に離れているため,ワイヤの傾き角によらず平均誤差は1 dB未満となっています.また,平均誤差は \(\xi = 90^\circ\) で最小となっており,これはワイヤ同士が直交することでワイヤ間に生じる電磁的な相互結合の影響が最小となるためと考えられます.

まとめと今後の課題

本稿では,レーダ画像を用いて複数目標のRCSを合成する手法について提案しました.目標間の距離が波長と比較して十分大きく,目標間の相互結合の影響が無視できる状況において,提案手法は複数目標のRCSを少ない誤差で合成可能なことを,モーメント法に基づく電磁界解析により明らかにしました.提案手法により,近傍界における単一目標の散乱測定から複数目標に対するRCSを模擬することが可能となり,複数目標の測定に関わるコストを低減できることが期待されます.

今後の課題として,さらに複雑な形状の目標を用いた電磁界シミュレーションや,電波暗室内における実験により提案手法の有効性を検証する予定です.今回の検討では単純なワイヤを用いたシミュレーションのみでしたが,現実的にはある目標が別の目標に遮蔽され,アンテナと目標間の見通しが確保できない状況も考えられます.このような状況に対する画像合成法については今後の課題です.また,今回は単一の偏波(HHまたはVV)のみを用いた解析結果を示しましたが,多偏波(HH, HV, VH, VV)を活用した画像合成法についても検討を進めています.

参考文献

  1. T. Vaupel and T. F. Eibert, “Comparison and application of near-field ISAR imaging techniques for far-field radar cross section determination,” IEEE Trans. Antennas Propag., vol. 54, no. 1, pp. 144–151, Jan. 2006.
  2. A. Osipov et al., “An improved image-based circular near-field-to-far-field transformation,” IEEE Trans. Antennas Propag., vol. 61, no. 2, pp. 989–993, Feb. 2013.
  3. T. Watanabe and H. Yamada, “Far-field radar cross-section determination from near-field 3-D synthetic aperture imaging with arbitrary antenna scanning surfaces,” IEEE Trans. Antennas Propag., vol. 70, no. 7, pp. 5831–5840, July 2022.
  4. 末延博ほか,「アレー合成を用いた群目標のレーダ断面積解析に関する検討」,信学論B,vol. J104-B, no. 11, pp. 889–896, 2021年11月.
  5. K. G. Larkin et al., “Fast Fourier method for the accurate rotation of sampled images,” Optics Communications, vol. 139, no. 1, pp. 99–106, Jun. 1997.

【発表情報】
渡邉卓磨,山田寛喜,「レーダ画像に基づく複数目標に対する散乱断面積の合成法」,電子情報通信学会 宇宙・航行エレクトロニクス研究会(SANE),信学技報,SANE2021-75,2021年12月.

目次