概要
アレーアンテナによる高分解能到来方向推定(Direction-of-Arrival: DOA estimation)の精度を劣化させる要因の一つに素子間相互結合があります.これはアレー素子自体による散乱や再放射などの電磁気学的な現象です.同様に,アンテナ筐体や治具など,アレー素子近傍の散乱体による散乱も到来方向推定精度の劣化をもたらします.
このため,到来方向推定手法本来の性能を得るには,素子間相互結合の補償を行ういわゆるアレー校正 [1] の適用に加え,アレー素子近傍の散乱体の位置と散乱強度を把握し,アンテナの製作過程において可能な限り散乱体の影響を低減する対策をとることが重要となります.
本稿では後者に着目し,アレーアンテナの受信データを基にアレー素子近傍の散乱体をイメージングし,散乱体の位置と散乱強度を推定する手法を提案します.基本となる考え方は,送信アンテナと受信アレーアンテナの素子の位置を既知とし,広帯域な送信信号を用いるレーダイメージングです.モーメント法を用いた数値電磁界解析により,提案手法の有効性を検証します.
問題の定式化
システムモデル
図1に本稿で考える問題のシステムモデルを示します.図1(a)のように,アレーアンテナを構成する受信素子が二次元空間領域 \((x, y)\) における既知の位置 \(\boldsymbol{r}_m\) にあり,散乱体が未知の位置 \(\boldsymbol{s}_n\) にあると仮定します.ここで,\(m, n \in \{1, 2, \ldots\}\) は各受信素子と散乱体を識別する番号です.

送信アンテナは原点から直線距離 \(R_c\) の位置に固定し,原点を中心に受信素子と散乱体を回転させながら送受信を行います.この回転に合わせて座標軸は回転すると考え,その方位角(回転角)を \(\phi\) で表します.すなわち,\((x, y)\) 座標系で考えたとき受信素子の位置 \(\boldsymbol{r}_m\) と散乱体の位置 \(\boldsymbol{s}_n\) は固定され,送信アンテナの位置は相対的に原点を中心とする半径 \(R_c\) の円周上を移動することになります.
この送受信系は,電波暗室内等においてターンテーブルにアレーアンテナを設置し,送信アンテナは一定の距離に固定してベクトル・ネットワークアナライザ(Vector Network Analyzer: VNA)等により測定を行う状況を想定したものです.
方位角 \(\phi\) における送信アンテナから空間領域 \((x, y)\) の点 \(\boldsymbol{p}\) までの直線距離 \(d(\phi, \boldsymbol{p})\),および空間領域における一般的な二点 \(\boldsymbol{p}, \boldsymbol{q}\) 間の直線距離 \(d(\boldsymbol{p}, \boldsymbol{q})\) は次式で与えられます.
\[d(\phi, \boldsymbol{p}) = \sqrt{(R_c \cos \phi – x_p)^2 + (R_c \sin \phi – y_p)^2} \tag{1a}\]
\[d(\boldsymbol{p}, \boldsymbol{q}) = \sqrt{(x_p – x_q)^2 + (y_p – y_q)^2} \tag{1b}\]
\[\boldsymbol{p} = (x_p, y_p), \quad \boldsymbol{q} = (x_q, y_q) \tag{1c}\]
受信信号モデル
方位角 \(\phi\) において送信アンテナから角周波数 \(\omega\) の信号を送信するとき,\(m\) 番目の受信素子が受信する信号を \(S_m(\omega, \phi)\) と表記します.図1(b)に示すように,受信信号 \(S_m(\omega, \phi)\) は,送信アンテナから位置 \(\boldsymbol{r}_m\) にある受信素子へ到来する直接波 \(S^d_m(\omega, \phi)\) と,位置 \(\boldsymbol{s} = \boldsymbol{s}_n\) にある散乱体で散乱して位置 \(\boldsymbol{r}_m\) にある受信素子へ到来する散乱波 \(S^s_m(\omega, \phi)\) に加え,位置 \(\boldsymbol{s} = \boldsymbol{r}_i,\ i \neq m\) にある受信素子から位置 \(\boldsymbol{r}_m\) にある受信素子へ到来する散乱波 \(S^r_m(\omega, \phi)\) から構成されます.
以上をすべて考慮し,\(m\) 番目の受信素子が受信する信号 \(S_m(\omega, \phi)\) は次式のように定式化されます.
\[S_m(\omega, \phi) = S^d_m(\omega, \phi) + S^s_m(\omega, \phi) + S^r_m(\omega, \phi) \tag{2a}\]
\[S^d_m(\omega, \phi) = \frac{\alpha^d(\omega, \phi; \boldsymbol{r}_m)}{d(\phi, \boldsymbol{r}_m)} \exp\left[-jkd(\phi, \boldsymbol{r}_m)\right] \tag{2b}\]
\[S^s_m(\omega, \phi) = \int_{\Omega} \frac{\alpha^s(\omega, \phi; \boldsymbol{s})}{d(\phi, \boldsymbol{s})} \exp\left[-jkd(\phi, \boldsymbol{s})\right] \cdot \frac{\beta^s(\omega; \boldsymbol{s}, \boldsymbol{r}_m)}{d(\boldsymbol{s}, \boldsymbol{r}_m)} \exp\left[-jkd(\boldsymbol{s}, \boldsymbol{r}_m)\right] d\boldsymbol{s} \tag{2c}\]
\[S^r_m(\omega, \phi) = \sum_{i \neq m} \frac{\alpha^r(\omega, \phi; \boldsymbol{r}_i)}{d(\phi, \boldsymbol{r}_i)} \exp\left[-jkd(\phi, \boldsymbol{r}_i)\right] \cdot \frac{\beta^r(\omega; \boldsymbol{r}_i, \boldsymbol{r}_m)}{d(\boldsymbol{r}_i, \boldsymbol{r}_m)} \exp\left[-jkd(\boldsymbol{r}_i, \boldsymbol{r}_m)\right] \tag{2d}\]
上式で \(\alpha^{\mu}\) と \(\beta^{\mu}\)(\(\mu \in \{d, s, r\}\))は,送信アンテナと受信素子の指向性や散乱体の散乱強度を考慮した未知関数であり,式(2c)の積分範囲 \(\Omega\) は全空間領域にわたります.また,\(k = \omega/c\) は波数であり,\(c\) は波動の伝搬速度を表します.
画像再構成
ここで考える画像再構成問題は,受信信号 \(S_m(\omega, \phi)\) から散乱体(および受信素子)の位置と散乱強度を特定することです.送信アンテナ位置から放射された電波が空間領域の位置 \(\boldsymbol{p}\) で散乱し,位置 \(\boldsymbol{r}_m\) にある受信素子へ到来するときの伝搬位相を考慮すれば,次式のような画像再構成が考えられます.
\[g_m(\boldsymbol{p}) = \int_0^{2\pi} \int_0^{\infty} S_m(\omega, \phi) \exp\left[jkd(\phi, \boldsymbol{p})\right] \exp\left[jkd(\boldsymbol{p}, \boldsymbol{r}_m)\right] \omega \, d\omega \, d\phi \tag{3}\]
上式はバイスタティックレーダによる一般的な画像再構成です.計算機による実装では式(3)の積分を離散化し,次のように各画素位置 \(\boldsymbol{p}_{\ell}\) に対して単純な二重和を計算すればよいことになります.
\[g_m(\boldsymbol{p}_{\ell}) \simeq \sum_u \sum_v S_m(\omega_v, \phi_u) \exp\left[j \frac{\omega_v}{c} d(\phi_u, \boldsymbol{p}_{\ell})\right] \exp\left[j \frac{\omega_v}{c} d(\boldsymbol{p}_{\ell}, \boldsymbol{r}_m)\right] \tag{4}\]
ここで,\(\ell, u, v \in \{1, 2, \ldots\}\) は各変数の離散値を表す番号です.なお,本稿では計算量削減のため,高速 Fourier 変換に基づく逆伝搬法(Backprojection)[2] を用いています.
各受信素子について,式(3)または式(4)の画像が得られることになります.最終的な画像は,各受信素子の画像 \(g_m(\boldsymbol{p})\) を次のように合成して生成します.
\[g(\boldsymbol{p}) = \sum_m g_m(\boldsymbol{p}) \tag{5}\]
サンプリング条件
計算機による画像再構成の実装では,式(4)のように周波数 \(\omega\) と方位角 \(\phi\) をあるサンプリング間隔で離散化する必要があります.このとき,サンプリング間隔が粗すぎる場合は再構成された画像に非所望の応答(アーチファクト)が生じ,またサンプリング間隔が必要以上に細かい場合は計算負荷が増大します.よって画像再構成の実装においては適切なサンプリング間隔の設定が重要であり,本節ではこのサンプリング条件を導出します.
サンプリング条件を検討するにあたり,位置 \(\boldsymbol{s}\) にある単一の散乱体を考え,一般性を失うことなくこの散乱体は \(x\) 軸上の位置 \(\boldsymbol{s} = (R_0, 0),\ 0 \leq R_0\) にあると仮定します(またはそのように座標系を設定します).このとき,方位角 \(\phi\) における送信アンテナから位置 \(\boldsymbol{s}\) にある散乱体までの距離 \(d(\phi, \boldsymbol{s})\) は式(1a)より次式となります.
\[d(\phi, \boldsymbol{s}) = \sqrt{R_c^2 + R_0^2 – 2 R_c R_0 \cos \phi} \tag{6}\]
また,送信アンテナから位置 \(\boldsymbol{s}\) にある散乱体までの最長距離は次式で表されます.
\[d^s_{\max} = d(\pi, \boldsymbol{s}) = R_c + R_0 \tag{7}\]
さらに,散乱体から受信素子までの最長距離を次のように表します.
\[d^r_{\max} = \max \left\{ d(\boldsymbol{s}, \boldsymbol{r}_m) \mid m = 1, 2, \ldots \right\} \tag{8}\]
これらの最長距離を考慮し,角周波数のサンプリング間隔 \(\Delta\omega\) に関する条件は次式で与えられます.
\[\Delta \omega = \omega_{v+1} – \omega_v \leq \frac{2\pi c}{d^s_{\max} + d^r_{\max}} \tag{9}\]
次に,方位角 \(\phi\) に関するサンプリング条件を考えます.送信アンテナ位置から放射された電波が空間領域の位置 \(\boldsymbol{s}\) で散乱し,位置 \(\boldsymbol{r}_m\) にある受信素子へ到来するときの伝搬位相 \(\Psi(\phi, \boldsymbol{s})\) は次式で表されます.
\[\Psi(\phi, \boldsymbol{s}) = k \left[ d(\phi, \boldsymbol{s}) + d(\boldsymbol{s}, \boldsymbol{r}_m) \right] \tag{10}\]
上式を角度 \(\phi\) について偏微分して位相の変化率を求めると次式となります.
\[\xi(\phi) = \frac{\partial \Psi(\phi, \boldsymbol{s})}{\partial \phi} = \frac{k R_c R_0 \sin \phi}{\sqrt{R_c^2 + R_0^2 – 2 R_c R_0 \cos \phi}} \tag{11}\]
この位相の変化率が最大となるのは \(\phi = \pi/2\) のときであり,その値 \(\xi_{\max}\) は次式のように表されます.
\[\xi_{\max} = \xi\left(\frac{\pi}{2}\right) = \frac{k R_c R_0}{\sqrt{R_c^2 + R_0^2}} \tag{12}\]
Nyquist 条件を考慮し,上式の \(\xi_{\max}\) より方位角 \(\phi\) のサンプリング間隔 \(\Delta\phi\) の条件として以下が求まります.
\[\Delta \phi = \phi_{u+1} – \phi_u \leq \frac{\pi}{\xi_{\max}} = \frac{\pi \sqrt{R_c^2 + R_0^2}}{k R_c R_0} \tag{13}\]
なお,空間領域画像の範囲が \(x \in [-X_0, X_0],\ y \in [-Y_0, Y_0]\) で表されるとき,この領域すべてを画像化するには次式として角周波数のサンプリング間隔 \(\Delta\omega\) と方位角のサンプリング間隔 \(\Delta\phi\) を決定すればよいことになります.
\[R_0 = \sqrt{X_0^2 + Y_0^2} \tag{14}\]
後の計算機シミュレーション条件を考慮し,例として周波数 \(\omega/(2\pi) = 1.5\ \mathrm{GHz}\),\(R_c = 10\ \mathrm{m}\),\(X_0 = Y_0 = 1\ \mathrm{m}\) を仮定します.このとき,\(R_0 \approx 1.4\ \mathrm{m}\) および \(d^s_{\max} \approx 11.4\ \mathrm{m}\) であり,画像内の任意の位置に受信素子を配置すると考えれば \(d^r_{\max} = 2R_0 \approx 2.8\ \mathrm{m}\) となるため,周波数サンプリング条件は \(\Delta\omega/(2\pi) \leq 21\ \mathrm{MHz}\),角度サンプリング条件は \(\Delta\phi \leq 4^{\circ}\) となります.
直接波抑圧フィルタ
図1の構成においては,画像化対象となる散乱体の近傍に受信素子が存在するため,再構成される画像は直接波の応答が支配的となり,式(4)の計算結果から散乱体の位置を特定するのは困難です.レーダ断面積の測定など,散乱体を除去できる場合は散乱体が存在しない状態の測定により直接波の推定が可能ですが,ここではアレーアンテナの筐体や治具の散乱を考えているため,このような方法は用いることができません.したがって何らかの方法で直接波 \(S^d_m(\omega, \phi)\) を推定し,式(4)の画像再構成を行う前に受信信号 \(S_m(\omega, \phi)\) から直接波を除去する必要があり,本節ではこの問題について検討します.
送信アンテナから \(m\) 番目の受信素子までの直線距離 \(d(\phi, \boldsymbol{r}_m)\) は既知と仮定しているため,次式のように式(2a)の受信信号から直接波の伝搬に伴う距離減衰と位相を除去できます.
\[\begin{split} \bar{S}_m(\omega, \phi) &= S_m(\omega, \phi) d(\phi, \boldsymbol{r}_m) \exp\left[jkd(\phi, \boldsymbol{r}_m)\right] \\ &= \alpha^d(\omega, \phi; \boldsymbol{r}_m) + \bar{S}^s_m(\omega, \phi) + \bar{S}^r_m(\omega, \phi) \end{split} \tag{15a}\]
\[\bar{S}^s_m(\omega, \phi) = S^s_m(\omega, \phi) d(\phi, \boldsymbol{r}_m) \exp\left[jkd(\phi, \boldsymbol{r}_m)\right] \tag{15b}\]
\[\bar{S}^r_m(\omega, \phi) = S^r_m(\omega, \phi) d(\phi, \boldsymbol{r}_m) \exp\left[jkd(\phi, \boldsymbol{r}_m)\right] \tag{15c}\]
以降では上式の操作を単に位相補正と呼びます.
議論を簡単にするため,送信アンテナと受信素子が無指向性の場合を仮定し,\(\alpha^d(\omega, \phi; \boldsymbol{r}_m)\) が方位角 \(\phi\) に依存しない場合を考えます.このとき,位相補正を行った式(15a)の受信信号を方位角 \(\phi\) に関して Fourier 変換すると次式を得ます.
\[\tilde{S}_m(\omega, \xi) = \alpha^d(\omega, \boldsymbol{r}_m) \delta(\xi) + \tilde{S}^s_m(\omega, \xi) + \tilde{S}^r_m(\omega, \xi) \tag{16}\]
ここで,\(\tilde{S}^s_m(\omega, \xi)\) と \(\tilde{S}^r_m(\omega, \xi)\) はそれぞれ \(\bar{S}^s_m(\omega, \phi)\) と \(\bar{S}^r_m(\omega, \phi)\) の \(\phi\) に関する Fourier 変換を表し,\(\xi\) はその周波数領域を表す変数です.
すなわち,位相補正後の受信信号 \(\bar{S}_m(\omega, \phi)\) における直接波成分 \(\alpha^d(\omega, \boldsymbol{r}_m)\) は,\((\omega, \xi)\) 領域において \(\xi = 0\) に現れます.これをフィルタで除去し,\(\xi\) に関する逆 Fourier 変換で元の \((\omega, \phi)\) 領域へ戻せば,直接波を除去した受信データが得られます.この操作は次式のように表されます.
\[\bar{S}’_m(\omega, \phi) = \mathcal{F}^{-1}_{(\xi)} \left[ \tilde{S}_m(\omega, \xi) H(\omega, \xi) \right] \tag{17}\]
ここで,\(\mathcal{F}^{-1}_{(\xi)}[\cdot]\) は \(\xi\) に関する逆 Fourier 変換を表し,\(H(\omega, \xi)\) は以下で定義される関数です.
\[H(\omega, \xi) = \begin{cases} 0, & \text{for } |\xi| < \xi_0 \\ 1, & \text{otherwise} \end{cases} \tag{18}\]
上式の \(\xi_0\) は任意の正定数であり,後の計算機シミュレーションで示すように,直接波の応答が現実的には \(\xi = 0\) 付近において幅を有することを考慮しています.また,送信アンテナや受信素子が指向性を有する場合など,\(\alpha^d(\omega, \phi; \boldsymbol{r}_m)\) が方位角特性を有する場合にはスペクトラムの広がりが大きくなるため,無指向性の場合と比較して \(\xi_0\) を大きく設定する必要があります.
最後に式(15a)で除去した距離減衰と位相を次式のように戻せば,直接波を除去した所望の受信信号 \(S’_m(\omega, \phi)\) が得られます.
\[S’_m(\omega, \phi) = \bar{S}’_m(\omega, \phi) \frac{1}{d(\phi, \boldsymbol{r}_m)} \exp\left[-jkd(\phi, \boldsymbol{r}_m)\right] \tag{19}\]
求めた \(S’_m(\omega, \phi)\) を式(3)の画像再構成において \(S_m(\omega, \phi)\) の代わりに用いれば,直接波を除去した画像が得られます.以上に述べた手法を本稿では直接波抑圧フィルタと呼びます.図2に,提案する直接波抑圧フィルタのブロック図を示します.

提案アルゴリズムのまとめ
ここまでに述べた提案アルゴリズムを以下にまとめます.
- STEP 1. 式(15a)に基づき,\(m\) 番目の受信素子による受信信号 \(S_m(\omega, \phi)\) から直接波の伝搬に伴う距離減衰と位相を除去し,信号 \(\bar{S}_m(\omega, \phi)\) を求める(位相補正).
- STEP 2. 信号 \(\bar{S}_m(\omega, \phi)\) を \(\phi\) に関して Fourier 変換し,式(16)の信号 \(\tilde{S}_m(\omega, \xi)\) を求める.
- STEP 3. 式(17)に基づき,信号 \(\tilde{S}_m(\omega, \xi)\) から \(\xi = 0\) 付近の成分を除去し,\(\xi\) に関する逆 Fourier 変換によって元の \((\omega, \phi)\) 領域の信号 \(\bar{S}’_m(\omega, \phi)\) を求める.
- STEP 4. 式(19)に基づき,STEP 1 で除去した距離減衰と位相を戻し,信号 \(S’_m(\omega, \phi)\) を得る.
- STEP 5. 式(3)に基づき,直接波抑圧フィルタを適用した受信信号 \(S’_m(\omega, \phi)\) から空間領域の画像 \(g_m(\boldsymbol{p})\) を再構成する.
- STEP 6. 上記の STEP 1 から STEP 5 までを各受信素子 \(m = 1, 2, \ldots\) に対して繰り返す.
- STEP 7. 式(5)に基づき,全受信素子の画像を合成して最終的な空間領域画像 \(g(\boldsymbol{p})\) を生成する.
計算機シミュレーション
本節では,モーメント法に基づく計算機シミュレーションにより提案手法の特性と有効性を検証します.
解析モデル
図3にモーメント法の解析モデルを示し,この解析モデルに関する諸元を表1にまとめます.

| 項目 | 諸元 |
|---|---|
| 受信アレー形状 | 等間隔リニアアレー |
| 受信素子間隔 | 半波長 |
| 受信素子形状 | 半波長ダイポール |
| 受信素子数 | 5,11 |
| 受信素子直径 [mm] | 2 |
| 負荷抵抗 [Ω] | 100 |
| 散乱体形状 | 半波長ワイヤ |
| 散乱体直径 [mm] | 2 |
| 散乱体個数 | 4 |
| 波源 | 微小電流源 |
| 波源の距離 \(R_c\) [m] | 10 |
受信素子は直径 2 mm の半波長(中心周波数における半波長)ダイポールであり,100 Ω の負荷抵抗を素子の中央に接続しました.受信素子の軸は \(z\) 軸と平行であり,複数の受信素子を \(x\) 軸上に半波長間隔で等間隔に配列しました(等間隔リニアアレー).同様に,散乱体は直径 2 mm,長さが半波長のワイヤとし,図3のように \(z\) 軸と平行な4本の散乱体をアレーアンテナの周囲に配置しました.以下の議論では \(x\) 軸の負方向にある最も原点から遠い素子を第1素子と呼び,\(x\) 座標の値の小さい順に \(m\) 番目の素子を第 \(m\) 素子と呼びます.
回転中心(原点)からの直線距離が 10 m の \((x, y)\) 平面上に,波源として \(z\) 軸方向の微小電流源を配置しました.図1のシステムモデルに従い,受信素子および散乱体を原点を中心に回転させ,それぞれの方位角で各素子の中央における電流を計算しました.
計算諸元
表2に計算諸元をまとめます.
| 項目 | 諸元 |
|---|---|
| 中心周波数 [GHz] | 1 |
| 帯域幅 [GHz] | 0.2,0.5,1 |
| 方位角の刻み \(\Delta\phi\) [deg.] | 4 |
| 方位角の範囲 [deg.] | [0, 360],[0, 90] |
| 画像の大きさ [m] | 2 × 2 |
| 画素の大きさ [cm] | 1 × 1 |
中心周波数は 1 GHz(半波長は約 15 cm),帯域幅は 1 GHz です.アレーアンテナおよび散乱体の方位角は「サンプリング条件」の議論に基づき 4° 刻みで変化させ,360° 全方位について計算を行いました.回転中心を画像の中心とし,2 m × 2 m の画像を 1 cm × 1 cm の画素で作成しました.なお,以下では特に断りの無い場合,受信素子数は 5,帯域幅は 1 GHz,方位角の範囲は [0°, 360°] を基本とします.
シミュレーション結果
単一素子による画像
まず,単一素子による画像 \(g_m(\boldsymbol{p})\) を検討します.図4(a)(b)に,それぞれ直接波抑圧フィルタを適用しない場合と適用した場合における5素子アレーの第1素子画像 \(g_1(\boldsymbol{p})\) を示します.なお,以降に示す画像は最大値で規格化しています.

直接波抑圧フィルタを適用していない図4(a)では第1素子の位置において直接波の応答が現れていますが,それ以外の受信素子や散乱体による散乱を画像から特定するのは困難です.これに対し,直接波抑圧フィルタを適用した図4(b)では第1素子以外の応答が明確に現れています.
第1素子以外の受信素子の散乱強度について見てみると,第1素子と隣り合う第2素子付近の散乱が最も強いことがわかります.また,散乱体については第1素子から近い \(x = -0.5\ \mathrm{m}\) にある二つの散乱体に比較し,第1素子から遠い \(x = 0.5\ \mathrm{m}\) にある散乱体の散乱強度が弱いことがわかります.よって提案手法による画像は受信素子間の距離や受信素子と散乱体との距離による散乱強度の変化を反映できており,ある受信素子に対する近傍界散乱体の影響や素子間相互結合の影響を定量的に評価する指標となることが示されました.
スペクトラム領域における検討
次に,直接波抑圧フィルタの動作を詳しく見るため,第1素子の受信信号 \(S_1(\omega, \phi)\) の方位角 \(\phi\) に関するスペクトラム領域に着目して議論します.図5(a)(b)に,それぞれ位相補正を行わない受信信号 \(S_1(\omega, \phi)\) の \(\phi\) に関する Fourier 変換と,位相補正を行った受信信号 \(\bar{S}_1(\omega, \phi)\) の \(\phi\) に関する Fourier 変換を示します.

位相補正前のスペクトラムである図5(a)では \(\xi\) 方向に広く応答が分布していることがわかります.これはアレーアンテナが回転すると送信アンテナと第1素子との距離が変化するためです.また,周波数に比例して伝搬距離に伴う位相変化は大きくなるため,周波数が高い領域ほど \(\xi\) 方向の広がりが大きくなることも確認できます.これに対し,位相補正後の図5(b)では \(\xi = 0\) 付近に主要な応答が収束していることが確認できます.これは位相補正によって直接波の伝搬に伴う位相が除去され,直接波成分の方位角に関する位相変化が無くなったためです.直接波抑圧フィルタでは,この \(\xi = 0\) 付近の応答を除去しています.
なお,このように方位角に関するスペクトラム領域の応答を零周波数に収束させてフィルタで除去する手法は,逆合成開口レーダ(Inverse SAR: ISAR)測定やレーダ断面積の計測で静止物からの反射を抑圧する零 Doppler クラッタフィルタ [3] から着想を得たものです.
さらに,図5の信号を \(\omega\) に関して逆 Fourier 変換すれば,伝搬遅延時間から伝搬距離 \(r\) が求まります.この結果を図6に示します.

図6(a)は位相補正前のスペクトラムであり,前に示した図5(a)からもわかるように,応答は \(\xi\) 方向に広がりを有します.これに対し,位相補正後の図6(b)では伝搬に伴う位相変化が除去され,\((r, \xi) = (0, 0)\) において一点に収束するスペクトラムとなります.本稿では \(\xi = 0\) 付近の応答をすべて除去していますが,\((r, \xi)\) 領域のスペクトラム形状を利用し,\((r, \xi) = (0, 0)\) 付近の応答のみを除去するようなフィルタも考えられます.
実際の測定においてはアレーアンテナの製作誤差や設置誤差などで \((r, \xi)\) 領域の応答が収束しないことも考えられ,\((r, \xi)\) 領域のスペクトラム形状は位相補正結果の良否を判定する指標となる可能性があります.
複数素子による画像
続いて複数素子による合成画像 \(g(\boldsymbol{p})\) を検討します.図7(a)(b)は,それぞれ5素子アレーによる空間領域画像と11素子アレーによる空間領域画像を示します.

第1素子のみを用いた図4(b)では第1素子から受信素子や散乱体までの距離が近いほど散乱強度が強く画像化されましたが,5素子を用いた図7(a)ではすべての受信素子と散乱体が明確に画像化されています.図4(b)の場合と同様に,受信素子から散乱体までの距離と比較して受信素子同士の距離は近いため,図7(a)において受信素子の散乱強度が比較的強いことがわかります.
11素子アレーの空間領域画像である図7(b)でも図7(a)と同様に受信素子の散乱が最も強くなっています.また,図7(a)と比較して図7(b)の画像は分解能が高いことがわかり,これは受信アレーの開口長が増加したことによる効果です.
送信信号の帯域幅の影響
ここでは送信信号の帯域幅が画像再構成に与える影響を検討します.図8(a)(b)は,それぞれ送信信号の帯域幅を 500 MHz とした場合と 200 MHz とした場合の空間領域画像を示します.

帯域幅が 1 GHz である図7(a)と比較すると分解能が劣化することに加え,特に帯域幅が 200 MHz である図8(b)において,受信素子や散乱体以外の位置に非所望の応答が現れることがわかります.よって本手法では可能な限り広帯域な信号による測定が望ましいといえます.もしくは主要な散乱体の位置が既知であり,散乱体の位置特定が不要な場合は,狭帯域信号による画像でも各散乱体の散乱強度を推定することが可能です.
限定的な方位角範囲の影響
ここまでは 360° 全方位の受信データが得られることを仮定しましたが,現実的にはこのような仮定が成り立たない状況もあります.例えばパッチアンテナや反射板付きのダイポールなど,水平方向の指向性を有するアンテナを受信素子に用いる場合,360° 全方位からの受信は行えず,結果的に角度範囲を限定せざるを得なくなります.本節ではこの影響を検討します.すなわち,式(3)の方位角 \(\phi\) に関する積分区間 \([0, 2\pi]\) を任意の区間 \([\phi_{\min}, \phi_{\max}]\) に制限し,画像再構成を行います.

図9に,角度範囲を [0°, 90°] に制限した場合の画像を示します.図9(a)は5素子アレーによる空間領域画像を示し,図9(b)は第1素子の \((\omega, \xi)\) 領域スペクトラムを示します.
360° 全方位からの受信データを用いた図7(a)と比較すると,角度範囲を制限した図9(a)では明らかに画像分解能が低下しています.また,受信素子周囲の散乱体に着目してみると,\((x, y) = (0.5, 0.5)\ \mathrm{m}\) にある散乱体は,他の散乱体と比較して散乱強度が弱いことがわかります.この要因としては,角度範囲を [0°, 90°] に制限することで,\((x, y) = (0.5, 0.5)\ \mathrm{m}\) にある散乱体については前方散乱方向付近の散乱を観測することになり,後方散乱が観測可能な \((x, y) = (-0.5, -0.5)\ \mathrm{m}\) にある散乱体と比較して散乱強度が弱く画像化されたことが考えられます.
角度範囲の制限を行っていない図5(b)の \((\omega, \xi)\) 領域スペクトラムと比較すると,角度範囲の制限を行った図9(b)では \(\xi\) 方向の応答の広がりが大きくなることがわかります.これは窓関数付きの Fourier 変換で一般的に予測される結果です.よって角度範囲が制限される場合,式(18)における定数 \(\xi_0\) は角度範囲の制限が無い場合と比較して大きな値に設定するのが望ましいといえます.
まとめと今後の課題
本稿では,アレーアンテナ素子近傍の散乱体の位置と散乱強度をレーダ画像により特定する手法を提案しました.提案手法の要点は,送信アンテナと受信素子との位置関係が既知であることを利用した直接波の抑圧です.モーメント法による計算機シミュレーションにより,提案手法の有効性を示しました.
今後は提案手法の有効性を電波暗室内における実験により検証する予定です.本稿の検討では送信アンテナと受信素子の位置関係が完全に既知であることを仮定しましたが,現実的には製作誤差や設置誤差により正確な位置関係は未知であるため,受信素子位置の精密な特定手法の開発が必要です.
参考文献
- 山田寛喜,“高分解能到来方向推定のためのアレーキャリブレーション手法”,信学論, vol. J92-B, no. 9, pp. 1308–1321, 2009年9月.
- M. Soumekh, Synthetic Aperture Radar Signal Processing: with MATLAB Algorithms, John Wiley & Sons, Apr. 1999.
- G. A. Showman, K. J. Sangston, and M. A. Richards, “Correction of artifacts in turntable inverse synthetic aperture radar images,” Proceedings of the SPIE, vol. 3066 (Aerosense ’97), pp. 40–51, Orlando, FL, Apr. 1997.
