森林地帯からの偏波レーダ後方散乱に対する水分の影響に関する研究

本ページは,2014年10月に電子情報通信学会 英文論文誌B(IEICE Transactions on Communications)に掲載された論文「Study on Moisture Effects on Polarimetric Radar Backscatter from Forested Terrain」(渡邉卓磨,山田寛喜,有井基文,佐藤亮一,朴相銀,山口芳雄)の内容を和訳し,Web向けに再構成して紹介するものです.式番号・図表番号は原論文のものと対応しています.

目次

概要

偏波合成開口レーダ(Polarimetric Synthetic Aperture Radar: SAR)画像から森林地帯の土壌水分を推定することは,極めて困難な問題です.これは,レーダ後方散乱が土壌の水分量だけでなく,幹や枝といった大きな植生構造の影響も受けるためです.レーダ後方散乱から土壌水分を推定するアルゴリズムはこれまで数多く開発されてきましたが,そのほとんどは裸地,あるいは入射波が大きな擾乱を受けずに土壌表面へ到達できる程度の疎な植生に限定されています.しかし現実の陸域表面が植生から自由であることはまれであり,多様な地表面において精度の高い土壌水分計測を実現するためには,植生によるレーダ後方散乱の擾乱を適切に補償する必要があります.

本研究では,単純な偏波パラメータである共偏波比(co-polarized backscattering ratio)が,森林地帯の水分量を推定する指標となり得ることを,理論的な森林散乱シミュレーションと,条件を十分に制御した実験的検証の双方から示します.森林地帯のモデル化には多数の散乱機構を考慮する必要がありますが,土壌水分が後方散乱にどのように影響するかを理解するには,それらを一つずつ分離することが本質的に重要です.そこで本研究では,幹を模擬した誘電体円柱群が平坦な誘電体地表面上に鉛直に立つ,簡略化されたマイクロ波散乱モデルを検討します.この簡略化モデルは単純な北方林(boreal forest)モデルとみなすことができ,地面と幹の間で生じる二回反射(double-bounce)散乱における共偏波比が,北方林の水分量の相対的な変動をモニタリングする有用な指標となることを明らかにします.

研究の背景

土壌水分は,水文学・気象学・農学をはじめとする多くの環境研究において,全球気候システムを特徴づける鍵となるパラメータの一つです.土壌中の水の流れは水循環において重要な役割を果たしており,地球観測のためのいくつかの衛星ミッションが実施あるいは計画されています.そのうちのいくつかは,全球規模の水文情報を提供することに特化しています [1]〜[3].搭載される各種センサのなかでも,全天候・昼夜を問わない観測が可能な合成開口レーダ(SAR)は,高分解能な陸域レーダ画像から広域の土壌水分情報を,高度な信号処理技術の助けを借りて抽出する強力な手段として期待されています.

問題となるのは,レーダの観測量が必ずしも直接的な解釈をもたないことです.レーダ後方散乱は地表の水分量だけでなく,表面粗さ,相関長,局所的な地形,入射角といった他の地表面特性にも影響されることがよく知られています [4], [5].さらに,植生による後方散乱の摂動が問題を著しく複雑にします.実際,植生に覆われることで後方散乱の土壌水分に対する感度が低下することが広く報告されています.レーダ画像からの土壌水分推定は,通常,後方散乱係数を体積含水率へ変換する経験的な関係式に依拠しており [8]〜[10],そのアルゴリズムの多くは裸地表面の水分をモニタリングする場合に最も良好に機能します.

しかしながら,土壌水分アルゴリズムは植生被覆の影響を可能な限り補償するように設計されるべきです.地球の陸域表面のおよそ31%は森林に占められており [11],他の種類の植生まで含めればその割合は76%以上に達するためです [12], [13].この問題に対処するアルゴリズムもいくつか提案されていますが,定量的な検証が十分でないため,依然として検討の途上にあります.

本論文では,偏波SAR画像からの森林水分量のモニタリングを扱います.水分量が森林からのレーダ後方散乱にどのように影響するかを定量的に調べるには,地表面特性と植生被覆の双方を同時に考慮しなければなりません.そのための有効な方法の一つが,植生地帯に対するマイクロ波散乱モデル [14]〜[16] の活用と,十分に制御された条件下での実験的検証です.一般に散乱モデルは,複数種類の入力パラメータを順問題として導入することで,任意の種類・状態の植生地帯を制約なく表現できます.しかし,モデル入力の数が増えるほどモデルの複雑さも増大し,複数の後方散乱成分が複雑に混合した計算結果から物理的な解釈を導くことが困難になります.さらに,このような複雑なモデルの実験的検証は通常きわめて難しく,自然の地表面は表面状態や植生構造に多くの不確定性をもち,屋内測定では実験モデルの構築に多くの実際的な制約が伴います.

したがって,地表の物理パラメータが後方散乱にどのように影響するかを理解し,制御された条件での実験的検証を可能にするという観点からは,植生からの後方散乱の主要な寄与を記述するのに必要十分な,適度な複雑さをもつマイクロ波散乱モデルが不可欠です.そこで本研究では,植生を基本的な散乱体の集合とみなす離散散乱体モデル(Discrete Scatterer Model: DSM) [14], [15] を簡略化したモデルを採用します.この簡略化DSMと一連の実験から,共偏波比が森林水分量の相対的な変動をモニタリングする指標となり得ることを示します.相対的な土壌水分は気候システムのモデリングにおいて大きな関心の対象であり [17],共偏波比はSAR画像から全球気候システムを理解するための有用なパラメータとなり得ます.

森林地帯のモデル化

森林内でのマイクロ波の相互作用を理解し,SAR画像からの森林パラメータ推定を支援するために,森林地帯に対するマイクロ波散乱モデル [14]〜[16] が数多く開発されてきました.それらの大半は,森林の後方散乱特性を精密にシミュレートすることを目的としており,適切な値を決定することが難しい多数の入力パラメータを必要とします.しかし,SAR画像からの物理パラメータ推定(逆問題)を目的とする場合には,森林地帯の主要な散乱寄与を表現するのに必要な範囲で,入力数を可能な限り少なく抑えるようにマイクロ波モデルを設計すべきです.

この理由から,本研究では Durden ら [15] によって提案された離散散乱体モデル(DSM)[14] を採用します.このモデルでは,円板・円柱・針といった離散的な正準散乱体を用いて植生要素を表現できます.本研究では,個々の散乱挙動をより良く理解するために,さらなる簡略化を行います.

モデルの簡略化

本研究で用いるDSMの詳細は [14] に記載されているため,ここでは簡潔な説明にとどめます.モデルは樹冠(canopy)層,幹(trunk)層,地面(ground)層からなる層構造で構成されます.植生要素は,所定の確率密度関数(pdf)に従う角度分布をもつ傾斜した誘電体円柱の集合として表現されます.地面層は,二乗平均平方根(rms)高さと相関長という粗さパラメータをもつ粗い誘電体面として表現されます.このモデルは一次散乱と地面−幹間の相互作用を考慮し,それ以外の高次の多重散乱成分については,植生要素が疎に分布し,多重散乱の過程で入射波が十分に減衰することを仮定して無視します.

地表の物理パラメータ,特に土壌水分が森林の後方散乱にどのように寄与するかを明らかにするには,上記の一般的なモデルを簡略化して個々の散乱成分を分離する必要があります.森林モニタリングで一般に好まれるL帯やP帯の波長を用いる場合,森林地帯を観測する入射波は樹冠を構成する要素の層を透過し,下層にある土壌表面の物理特性を探査すると考えられます.したがって,結果として得られる後方散乱は,樹冠構造だけでなく土壌表面や幹との相互作用が混合したものとなります.一方で,[18] で報告されているように,カナダの陸地面積のおよそ60%を占める北方林からのレーダ後方散乱においては,地面−幹間の相互作用によるコヒーレントな二回反射散乱が支配的になり得ます.

そこで,この特定の散乱成分をモデル中に残し,かつ十分に制御された屋内実験によって容易に検証できるように,モデルの簡略化を行います.体積散乱成分を抑制するために樹冠層を除去し,この段階では体積散乱が幹モデルである誘電体円柱群と粗い地表面のみから生じるようにします.また,地面−幹の相互作用を強調するため,土壌表面が平坦とみなせるように粗さパラメータ(rms高さと相関長)を選び,幹の傾斜のpdfはデルタ関数,すなわちすべての幹が平滑な土壌面上に鉛直に立っているものとします.地面と幹がなす直交面の対は,明らかに二回反射後方散乱の発生源となります.

簡略化したDSMの幾何配置
図1: 簡略化したDSMの幾何配置

以上の簡略化に基づき,本モデルで考慮する散乱機構を図1に示します.これらは次の4つで表されます.

  1. 幹からの直接後方散乱(\(\sigma_t^0\))
  2. 地面からの直接後方散乱(\(\sigma_g^0\))
  3. 幹で散乱した後に地面で散乱する経路(\(\sigma_{gt}^0\))
  4. 上記と逆向きの経路(\(\sigma_{tg}^0\))

これらの散乱成分の計算には,幹層による減衰が含まれます.電磁波は,送信機からの入射波として,また層を出て受信機へ戻る出射波として,幹層を2回通過します.全後方散乱係数は各散乱寄与の非干渉和として次式で与えられます.

$$\sigma^0 = \sigma_t^0 + \sigma_g^0 + \sigma_{gt}^0 + \sigma_{tg}^0 \tag{1}$$

この簡略化モデルは実際の森林とはやや異なるように見えますが,二回反射散乱成分を分離するための理想化された北方林モデルとみなすことができます.L帯またはP帯による観測では散乱が二回反射に支配されるのが通常であるため [18],本モデルによる予測は実際の北方林の散乱を理解するうえで有効に適用できると期待されます.加えて,本モデルは十分に制御された実験室環境で容易に検証できます.主要な散乱の寄与が地面−幹相互作用であるとすれば,この段階で二回反射散乱に対する水分量の影響を明らかにすることができます.後方散乱係数は各直線偏波の組合せについて計算されます.以下の議論では \(qp \in \{hh, hv, vh, vv\}\) が \(p\) 偏波送信・\(q\) 偏波受信を表し,\(h\) と \(v\) はそれぞれ水平偏波と垂直偏波を表します.

地面−幹相互作用の幾何配置
図2: 地面−幹相互作用の幾何配置

図2に,この簡略化モデルにおいて支配的な散乱機構と考えられる地面−幹相互作用の幾何配置を示します.2つの直交する面を無限に広がる平面として扱えば,この直交構造からの全反射係数 \(r_t\) は,標準的なフレネル反射係数 \(r\) を用いて次式で表されます.

$$r_t(\theta_i) = r(\theta_i, \varepsilon_g)\, r(\pi/2-\theta_i, \varepsilon_t) \tag{2}$$

ここで \(\theta_i\) は入射角,\(\varepsilon_g\) と \(\varepsilon_t\) はそれぞれ地面と幹の比誘電率です.

二回反射散乱に現れるブリュースター角
図3: 二回反射散乱に現れるブリュースター角

図3は,\(\varepsilon_g = 2.9 + 0.4j\),\(\varepsilon_t = 3.5 + 0.7j\) の場合における,水平偏波および垂直偏波での全反射係数を示しています.これらの比誘電率は半経験的な誘電率モデルから導出したもので,幹の体積含水率4.5%,土壌の体積含水率1.5%に対応します.これらの水分量は典型的な乾燥した森林を模擬するように選定しました.

垂直偏波の曲線は,特定の入射角においてブリュースター角の効果により落ち込みます.ブリュースター角では垂直偏波の波が面を完全に透過し,反射が生じません.本モデルは直交する面の対をもつため,幹に対応する小さい方と,地表面に対応する大きい方の2つのブリュースター角が次式の位置に存在します.

$$\theta_B^g = \tan^{-1}\sqrt{\varepsilon_g} \tag{3a}$$

$$\theta_B^t = \pi/2-\tan^{-1}\sqrt{\varepsilon_t} \tag{3b}$$

さらに,垂直偏波の位相はこれらの落ち込み(ディップ)において反転します.したがって位相は,入射角が2つのブリュースター角に挟まれた区間の内側にあるか外側にあるかを示すことになります.これらの特性を水分状態の指標として利用できる可能性については後述します.

シミュレーションパラメータ

森林モニタリングの応用ではL帯またはS帯の波長が好まれるため,理想的にはシミュレーションと実験的検証を,実際の森林の幾何形状に対して同程度の波長で行うべきです.とはいえ,マイクロ波無響室は空間的に制限されており,大規模な実スケールの森林モデルを設置することは通常不可能であるため,実験室での測定はより小さな縮小モデルで行う方が現実的です.

無分散・無損失な物体,あるいは完全導体の縮小は,全体の寸法を波長に反比例して縮小することで容易に実現できます.しかし,土壌や樹木のような損失性の物体では,元のモデルの電気的特性を保つために誘電率のスケーリングも必要になります.この操作は実際には困難であるため,本研究では幾何形状のスケーリングのみを行います.

この幾何スケーリングの妥当性を検証するため,実際の森林モデルに対してはL帯,縮小森林モデルに対してはX帯という2つの波長でDSM計算を行いました.表1に2組のシミュレーションパラメータを示します.Model-LはL帯観測に対する典型的な森林形状であり,Model-XはX帯での実験的検証のためにModel-Lの形状を縮小したものです.

モデル(a) L(b) X
波長 [cm]243
幹の半径 [cm]81
幹の長さ [m]2.40.3
幹層の高さ [m]2.40.3
幹の密度 [本/m2]0.3955.6
幹の体積含水率 [%]4.5(Dry)〜 46(Wet)
幹の向き鉛直
土壌の体積含水率 [%]1.5(Dry)〜 58(Wet)
土壌中の砂の割合 [%]50
土壌中の粘土の割合 [%]15
表面粗さ [cm]\(10^{-6}\)
相関長 [cm]0.1
表1: (a) 典型的な北方林と (b) 実験的検証のためのDSM計算パラメータ

シミュレーションモデルは地面と幹の水分量を独立なパラメータとして受け付けますが,[19] で議論されているように両者には相関があると仮定できることが報告されています.そこで本研究では単純に線形の関係を仮定し,各体積含水率を「湿り具合」を表す変数 \(w \in [0, 1]\) を用いて次のパラメトリック形式で与えます.

$$m_\alpha = \left(w_\alpha^{\mathrm{wet}}-w_\alpha^{\mathrm{dry}}\right) w + w_\alpha^{\mathrm{dry}} \tag{4}$$

ここで \(\alpha \in \{g, t\}\) は地面または幹を表し,\(w_\alpha^{\mathrm{wet}}\),\(w_\alpha^{\mathrm{dry}}\) はそれぞれ最も湿った条件と最も乾いた条件における体積含水率です.表1に従い,これらのパラメータは \(w_g^{\mathrm{wet}} = 0.58\),\(w_g^{\mathrm{dry}} = 0.015\),\(w_t^{\mathrm{wet}} = 0.46\),\(w_t^{\mathrm{dry}} = 0.045\) と設定します.

平坦な土壌表面モデルを採用するため,表面粗さは波長に比べて数値的に十分小さい値に設定し,相関長は土壌表面の典型的な値を選んでいます.この場合,表面粗さが極めて小さいため相関長の影響は無視できるほど小さくなります.

数値計算結果と考察

Model-Lの後方散乱係数と共偏波位相差
図4: Model-Lの後方散乱係数と共偏波位相差((a) \(w = 0.25\),(b) \(w = 1.0\))
Model-Xの後方散乱係数と共偏波位相差
図5: Model-Xの後方散乱係数と共偏波位相差((a) \(w = 0.25\),(b) \(w = 1.0\))

図4にModel-Lの,図5にModel-Xのシミュレーションによる後方散乱係数を示します.水分量の変化の影響を調べるため,2種類の湿り具合(\(w = 0.25\) と \(w = 1.0\))を示しています.誘電率のスケーリングは考慮できていませんが,両モデルに共通して次の特徴が認められます.

まず,\(vv\) 後方散乱の曲線は,ブリュースター角効果によって特定の入射角に落ち込み(ディップ)をもち,共偏波位相差,すなわち \(hh\) 偏波と \(vv\) 偏波の位相差がそのディップにおいて反転します.一方 \(hh\) 偏波は比較的緩やかに変化しますが,両偏波の曲線が同時に最低値に達する80°付近の大きな入射角では例外です.なお,位相はすべて \(-180^\circ\) から \(180^\circ\) の範囲に拘束されるため,この範囲を超える位相値は図の反対側に現れる点に注意してください.

80°におけるディップは,入射波が浅い入射角のもとで幹層内をより長い距離にわたって伝搬し,より大きな減衰を受けるために生じます.80°を超えると,入射波は円柱表面にほぼ垂直に当たるようになり,幹からの直接後方散乱が全後方散乱係数を増加させます.

ブリュースター角は表面の誘電率の関数であり,誘電率の増加,すなわち水分量の増加とともにディップは45°から遠ざかっていきます.したがって,適切な誘電率スケーリングを行わなくとも,X帯のモデルを用いてL帯の観測を模擬できることがわかります.

乾燥時と湿潤時の後方散乱係数を比較すると,各偏波チャネル間の差,すなわち共偏波比は,入射角が45°付近のとき,湿り具合の増加とともに小さくなります.ブリュースター角におけるディップは湿り具合が大きいほど45°から離れていくため,45°以外の入射角では共偏波比がディップの影響を受けますが,それでもなお水分量の変動と関係をもちます.これらの事実は,共偏波比が,多角度観測を必要とせずに森林地帯の水分量を推定する指標となり得ることを示唆しています.

Model-Lの共偏波比と共偏波位相差
図6: Model-Lの共偏波比と共偏波位相差
Model-Xの共偏波比と共偏波位相差
図7: Model-Xの共偏波比と共偏波位相差

図6と図7に,45°入射および70°入射における共偏波比と共偏波位相差を,湿り具合の関数として示します.ここで70°入射は,衛星搭載SARシステムにおける最大の入射角として選定しています.一例として,JAXAのALOS-2は最大入射角70°をもつと報告されています [21].

45°入射では,共偏波比は湿り具合の増加とともにほぼ単調に減少します.したがって,この比は水分量の相対的な変動を示す指標となり得ます.45°入射以外の場合,70°入射における共偏波比は,ある湿り具合において入射角を横切るブリュースター角のディップの影響を受けます.図6および図7の70°入射について,共偏波比の変動は次のように解釈できます.共偏波位相差が0°付近のとき,これはブリュースター角のディップが70°より小さい角度にあることを意味し,湿り具合の増加とともにディップが70°に近づくため比は大きくなります.逆に位相差が180°付近のときは,ディップが70°から遠ざかるため比は小さくなります.湿り具合が0から0.1程度の極めて小さい領域では,入射波が幹の層をよく透過してしまい二回反射散乱の寄与が弱いため,このような傾向は観測されません.

また,45°入射における共偏波位相差が180°付近であるという事実は,モデルの説明で述べたとおり,入射角が常に2つのブリュースター角のディップの間に位置していることを示しています.

結論として,共偏波比と共偏波位相差はいずれも,森林の水分量の相対的な変動を特徴づける重要なパラメータです.なかでも45°入射における共偏波比は,その大きさが水分量の変動と直接的に結び付いているため,水分量のモニタリングに適しています.なお,幹の傾斜にある程度のランダム性がある,より一般的な状況については [20] で議論されており,ランダム性が小さい場合には同様の結論が導かれます.

実験による検証

DSMによるシミュレーション結果を検証するため,電波暗室内において十分に条件を制御した実験を行いました.前節で述べたとおり,暗室の空間的制約から縮小森林モデルを用います.

測定システムの概要

実験系と目標の幾何配置
図9: 実験系と目標の幾何配置

本研究では,図9に示すベクトルネットワークアナライザ(VNA)を用いたSARシステムを使用します.シミュレーションモデルに合わせ,土壌表面は平滑面とみなし,幹は土壌面上に鉛直に立てた誘電体円柱としてモデル化します.本実験では,地面には平板,幹には円柱を用い,いずれも木材で製作しました.森林モデルの幾何パラメータは表1のModel-Xと等価です.これらの木製の試験体は,一定量の水を吸収できるため,水分量の影響を調べるという本研究の目的に適しています.地面の板は1.5 m × 1.5 mの広がりをもち,実験の便宜上30 cm × 30 cmの小さな板に分割されています.

円柱の位置は計算機で生成した一様乱数によって決定し,全実験を通じてこの配置に固定しました.得られたSAR画像のうち,森林モデルからの応答を含む画素を加算することで,対象領域の平均レーダ断面積(Radar Cross Section: RCS)を算出します.各シーンについて撮像は1回のみですが,この平均化処理により撮像領域の統計的な情報を抽出できると期待されます.測定した後方散乱係数においてブリュースター角の効果を示すため,アンテナを直接傾けて入射角を変える代わりに,搭載物を自動的に傾斜させられるポジショニング装置の上に森林モデルを設置しました.縮小森林モデルに対する中心周波数は10 GHz(X帯),帯域幅は2 GHzです.

試験体は水に浸すことで加湿し,その後,内部の水が蒸発しないように一つずつプラスチックフィルムで被覆します.10°から80°までの一連のSAR測定を行った後,フィルムで被覆した試験体を取り出して大気に晒し,内部の水を蒸発させます.また,地面の重量含水率は選定した4枚の小板から,幹の水分は選定した25本の円柱から測定します.SAR観測は9つの水分条件で行い,各条件はWet-numberで識別します.Wet-numberが大きいほど含水率が高いことを表し,Wet-9は試験体を水から取り出した直後の水分状態,Wet-1は最も乾いた状態(ただし絶乾状態ではありません)を表します.

Wet-numberと対応する重量含水率
図8: Wet-numberと対応する重量含水率

図8にWet-numberと,対応する重量含水率の平均値および標準偏差を示します.地面の含水率のばらつきは幹に比べて大きいものの,平均含水率がWet-numberの増加とともに増加していることがわかります.以降の実験結果の解析では,DSMシミュレーションで導入した湿り具合のパラメータ \(w\) と同様に,このWet-numberを水分状態の指標として用います.

実験結果

測定された平均レーダ断面積と共偏波位相差
図10: 測定された平均レーダ断面積と共偏波位相差((a) Wet-4,(b) Wet-8)

図10に,Wet-4およびWet-8の条件について,各SAR画像から算出した平均RCSを示します.シミュレーション結果と同様に,45°入射付近において \(hh\) 偏波と \(vv\) 偏波のRCSが水分量の増加とともに互いに接近することがわかります.Wet-8の条件では,2つのブリュースター角におけるディップと,そのディップでの位相の反転が明瞭に認められます.一方,Wet-4の条件では,小さい方の入射角のディップが認識できません.これは,試験体が乾くにつれて入射波が木製構造をよく透過するようになり,地面の板を支持する構造からの反射が結果としての後方散乱に強く寄与し,幹からの弱い反射を覆い隠してしまうためと考えられます.ただし,ブリュースター角におけるディップが崩れてしまっても,共偏波比は依然として水分量の相対的な変動を示すことができます.

測定された共偏波比と共偏波位相差
図11: 測定された共偏波比と共偏波位相差

図11に,Wet-numberに対する測定された共偏波比と共偏波位相差を示します.45°入射では,共偏波比はWet-numberの増加とともに単純に減少します.前節のシミュレーションで述べたとおり,これはブリュースター角のディップが入射角を横切らないためであり,45°入射は水分状態の推定に適していることを意味します.

70°入射で測定した共偏波比は,Wet-2の条件でスパイク状の変化を示します.これはブリュースター角のディップが入射角を横切る条件に対応しており,位相差の変動においても明瞭に確認できます.70°における位相差は,Wet-numberが小さくなるにつれて180°から大きく離れ0°に近づくのに対し,45°入射における位相差は90°以上を保ちます.これらの実験結果の傾向はDSMシミュレーションとよく一致しており,したがって共偏波比と共偏波位相差の双方が,森林の水分状態の相対的な変動をモニタリングするうえで重要なパラメータであることが示されました.

まとめ

本論文では,森林地帯における土壌水分の相対的な変動のモニタリングにおいて,共偏波比と共偏波位相差の双方が重要であることを,DSMを用いた森林散乱シミュレーションと室内実験の両面から示しました.本研究で構築した森林モデルは単純な北方林を模擬したものであるため,ここで示した結果は実際の北方林のSAR観測データにも有効に適用できると期待されます.

今後の課題として,航空機搭載SARや衛星搭載SARの観測データによる検証が挙げられます.加えて,土壌表面の粗さ,幹の傾斜分布のランダム性,樹冠の存在といった,より現実的な状況についても考慮していく必要があります.

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【掲載情報】
T. Watanabe, H. Yamada, M. Arii, R. Sato, S.-E. Park, and Y. Yamaguchi, “Study on moisture effects on polarimetric radar backscatter from forested terrain,” IEICE Trans. Commun., vol. E97-B, no. 10, pp. 2074–2082, Oct. 2014.
DOI: 10.1587/transcom.E97.B.2074

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